2011年3月21日月曜日

一輪の花



花は・・・

のどの渇きをいやすことも、空腹を満たすことも、身体を温めることも、できません。

しかし・・・

花は、心の栄養、心を温めることができます。

日本で花生産がはじまって100年。関東大震災、太平洋戦争・敗戦、阪神淡路大震災・・・
さまざまな困難を、乗り越えてきました。困難を克服してここまで成長してきました。


昭和19年(1944年)6月5日、神戸大空襲。

兵庫県生花はすでに3月17日の大空襲で被災、あたりは一面の焼け野原。神戸合同市場だけが奇跡的に焼け残り、そこへ移転していた。
花の入荷は細々とではあるが、続いていた。しかし、もう売りようのない状態になっていた。

たくさんの被災者が仮事務所の前を西へ逃れていく。

三木、志染村の鷲尾実から出荷いただいたカーネーション「モーニンググロー」を表に置いた。

すこしでも慰めになったら・・

「どうぞ1本づつお持ち帰り下さい」

紙に書いて貼りだした。

バケツ3杯のカーネーション。

兵庫県生花、これが最後の花。


またたくまになくなった。


被災者は、花1輪に慰めを求めた。

(兵庫県生花30周年記念誌 石丸数雄回顧録)




平成7年(1995年)1月17日午前5時46分

阪神淡路大震災

兵庫県生花と神戸生花が入場している神戸市中央卸売市場東部市場も被災した。
神戸生花の研修生、長崎県佐世保のカーネーション農家後継者、浦新吾は社員とともに、花屋さんの安否確認、産地との連絡、市場機能の復旧と不眠不休で働いた。

10日後の1月27日には、せりを再開することができた。産地から花が集まるか、花屋さんが来ていただけるか・・・
増田慎治の心配を吹き飛ばすように、交通網混乱の中、通常の6割以上の花が入荷した。80人の花屋さんがせりに来てくれた。生産者も花屋さんも、市場の再開を待っていてくれた。

赤やピンクの洋花がよく売れた。

灰色のがれきの街。

神戸市民は、気持ちを明るくしてくれる1輪の花を、待ち望んでいた。

(愛されつづけて100年 カーネーション生産の歴史) 





花をつくる人、運ぶ人、せりで売る人、買う人、お客さまに売る人・・・


花産業で働く人、それぞれが使命を果たす。


いま、1輪の花を待ち望んでいる人がいます。


使命を果たす・・・

2011年3月13日日曜日

震災お見舞い申し上げます

東日本大震災で被害を受けられたみなさまに心からお見舞い申し上げます。


まだ安否のわからない方が多数おられ、被害の全容がわからず、胸が痛みます。


いちばでも生産者のみなさま、農協、花屋さん、流通業者、花関係の方々の安否を確認中です。


今は一刻も早く、救助、救援の手がみなさまのもとに届くことを祈るばかりです。


16年前の阪神淡路大震災の時には、全国のみなさまから暖かいご支援をいただきました。


多くの花産業の方々のご援助で、港が被害を受け、本土への輸送手段が途絶えた淡路の花を、震災後の混乱にもかかわらず、市場出荷を続けることができました。


神戸では市場(兵庫県生花、神戸生花)が被災しました。


市場業務の肩代わり、復興に全国からご支援をいただきました。


今度はわたしたちがご支援をさせていただく番です。


まずは、生産者のみなさまから出荷いただいた花を、花屋さん、消費者に確実にお届けするという市場の本務を遂行していきます。次に、生産施設、販売店舗、輸送手段などで被害をうけられた生産者、花屋さんにはできるかぎりのご支援をさせていただきます。

2011年3月6日日曜日

坂の上の雲⑥「作れば売れた時代」などなかった

戦前の「実際園芸」誌(現在の「農耕と園芸」の前身)

「作れば売れた時代は終わった」といわれている。

その意味は、「今までは、努力しなくても作れば売れた」、しかし「今は売るには努力、工夫が必要である」ということであろう。

花生産100年。花はそんな簡単に売れていたのか?

雑誌に、次のような記事がある。




「花の生産者は、いつも、都会の市況に通じておくことが大切である。最近、どういう切り花が好まれるか、またどう変わっていくかということに注意を怠ってはならない。実際、作ることは苦労ではなく、上手に売ることに骨の折れる時代になっている。高値に売る方策を考えることが、生産者には必要である。」




これは最近の記事ではない。

「実際園芸」 昭和3年(1928年)12月号の記事である(旧仮名遣いを現代文に変換)。「実際園芸」は現在の「農耕と園芸」の戦前の誌名。大正14年(1925年)創刊の名門雑誌。

書いたのは、編集主幹 石井勇義。花業界の偉人。

プリムラやシネラリアなどの洋花を採種、販売するとともに、実際園芸を創刊し、編集主幹を務めた。園芸の啓蒙書を多数著し、「野生植物の牧野富太郎」に対して、「園芸植物の石井勇義」と賞された。最大の功績は21年を費やした「園芸大辞典」の編纂。

実際栽培に通じ、月刊雑誌を編集し、大学で教鞭を執り、園芸大辞典を編纂する、もはやこんな巨人が生まれることはないだろう。

その石井が指摘したように、昭和3年でさえ、「作れば売れた時代」ではなかった。

嗜好品の花には、作れば売れた時代などなかった。

生産が今より少なかった戦前、戦後でも、花の値段は乱高下が激しく、高値で安定して売れたことなどなかった。

花は、必需品でないだけに、売る努力、工夫ををしなければ、買っていただけないのが宿命。

今までも売る努力を怠ったことなどない。

今までと違うのは、売るための努力、工夫の「質」が問われるようになったこと。

「質」とは、顧客の要望にあわせた生産と納入。

そのためには?マーケティング?

生産者も花屋さんや世間のみなさまに、わからないことばをしゃべっています(2010年10月10日ブログで紹介)が、大学の先生や指導者の方々も、生産者には理解できないことばを話しています。

「マーケティング」って、なにをするの?

バブルのころには、「市場や花屋さんと定期的にゴルフをすること」と思っていました(ホント)。

「顧客の要望にあわせた生産と納入」の第一歩は、生産者-市場-花屋さんとの綿密な情報交換です。

その場が市場です。

2011年2月21日月曜日

啓蟄(けいちつ)~灰色かび病注意報~


季節は正直。

立春を過ぎると日差しが一挙に春めいてきます。

3月6日は、冬ごもりしていた虫が動きだすという啓蟄(けいちつ)。

動きだすのは虫だけではありません。

かびも動きだします。

かび=灰色かび病=ボトリチス=ボト、です。

1月、2月は太平洋側では晴天続きのからから天気。2月下旬は季節の変わり目。ぼちぼち雨の日が増えはじめ、湿気が増していきます。一雨ごとに春になる。

かびのシーズン到来です。

立春をすぎると自然界は春モードにスイッチが切り替わっています。

いつまでも冬のつもりでいるのは、自然の営みから遠く離れてしまった人間だけ。

上のグラフをごらんください。


棒グラフは日差しの強さ(日射量)。3月はじめの日差しは10月と同じです。

10月を思い出して下さい。暑かった夏が過ぎ、やっと涼しさが感じられるようになったのが10月です。

そのときの強い日差しと同じです。

体感的に冬のままなのは、折れ線グラフの平均気温にあります。

日差しは10月でも気温は12月下旬と同じ。人間は気温優先、植物は光優先。

人間にあわせて栽培管理をすると、植物は軟弱徒長になります。

軟弱な植物は病気にかかりやすい。これは人間も同じ。

生産者にとって恐ろしい病気は、土に病原菌が増殖し、植物を枯らす「立ち枯れ病」。

しかし、立ち枯れ病はハウス内部だけの病気で、花屋さんや消費者が目にすることはありません。

一方、灰色かび病はハウスで感染し、輸送中に増殖し、市場や花店で発病します。

灰色かび病は生産者が思っている以上に花産業に大きな被害をもたらしています。

温帯モンスーン地帯にある日本は、かび天国。

醤油、みそ、納豆・・・。かびの国、発酵の国です。

花の消費拡大の第一歩は灰色かび病に感染した花を出荷しないこと。

経営改善の第一歩は灰色かび病の防除。

対策は、ハウス内の湿度低下。通風、乾燥。

温風機の送風だけでも効果があります。

冷蔵庫、選花場のかび汚染にも注意。

次に、輸送中のむれ、結露を防ぎましょう。

春の足音は、かびのシーズン到来の合図です。

2011年2月14日月曜日

坂の上の雲⑤三代目の時代

ガーベラの三代目とカーネーションの三代目が梅田でFVT共同作業(スプレーマムの二代目もいます)これは誰が撮った画像かわかりません



カーネーション三代目、たのむでぇ


昭和30年代から40年代の前半にかけ、カーネーションの立ち枯れ病が猛威をふるう。


植えた苗が次々と枯れる。


農薬が効かない。


農家は手をこまねいて、涙するのみ。


ちょうど現在の口蹄疫や鳥インフルエンザ状態。


できることは毎朝、枯れた株を抜き捨てることだけ。


対策は、米国のテキストに示されていた。


①無病苗

②土の消毒

③清潔な管理


その実現に、農家、技術者、研究者が邁進した。


京都大学から香川大学に赴任したばかりの狩野邦雄は、ランの組織培養の技術を生かし、茎頂培養によりカーネーションの無病苗をつくる技術を開発した。


その実用化には、滋賀農業試験場の武田恭明や兵庫農業試験場の藤野守弘など地方の農業試験場研究員があたった。


土の消毒では、岡山大学の小西国義や兵庫農業試験場の藤村良が蒸気消毒法を開発した。


あとは新しい技術を現場にどう生かすか。


昭和45年、香川の真鍋行雄、兵庫の井上金治、惣林坊義広ら全国の篤農家が集まり、日本カーネーション技術協会が結成された。


彼らの努力により、立ち枯れによるカーネーション生産壊滅の危機を乗り越えることができた。


昭和49年、日本カーネーション技術協会は、日本中のカーネーション生産者が結集する組織として、社団法人日本花き生産協会カーネーション部会に発展した。


その息子たち、真鍋光裕、井上正幸、惣林坊正は、後継者の全国横断組織、二世会を結成し、技術向上に取り組んだ。これは後に、生産協会カーネーション部会青年部に発展する。


現在は三代目、孫の時代。


真鍋佳亮・修平、井上雅俊、惣林坊和裕。


祖父、父からのバトン。


三代続く盟友、仲間、ライバル・・。


初代は、立ち枯れ病による脅威を克服した。


二代目は科学的栽培技術を定着させた。


輸入攻勢に打ち勝つのが三代目の役目。


高齢化が叫ばれている花づくりであるが、着実に後継者が育っている。


地域の中核。


「行き止まりの村」には彼らがいる。




2011年1月31日月曜日

坂の上の雲④平成の開国



世の中、次々と新しい横文字が登場。



いま、マスコミをにぎわしているのはTPP。



「環太平洋パートナーシップ協定」のことだそうです(日本語でも何のことか、よくわかりませんが)。



経済産業省と企業はTPP賛成、農林水産省と農業団体はTPP反対。



国論を二分。



日本農業は関税で保護されているから、いつまでたっても自立できない、というのが賛成派の言い分。一方、反対派は関税撤廃では日本農業が壊滅し、食糧自給率がさらに下がるとの考えです。



新聞に農産物の関税率一覧がのっていました。



コンニャク1,706%、コメ778%、落花生737%、小豆403%、大麦256%、小麦252%・・・。



つまり、1万円で輸入されたコメには7万7,800円の関税がかけられているということです。



この記事を見た花屋さんから質問がありました。



花の関税は何%?



0%です。


いつから?


はじめからです。花には関税がかかったことがありません。最初から0%です。



菅首相は平成の開国というが、花は昭和の時代から開国してきたのです。オランダ、コロンビア、ケニヤ、インド、中国、台湾、韓国・・、日本の花は世界の国に門戸を閉ざしたことがありません。


その結果、国内の花生産は輸入に浸食され続けています。


だからといって、輸入の花に、コンニャクのような1,706%の関税をかけて、花農家を保護するという選択肢はありません。花はもともと市場経済、世界の花と競争し、儲けるのも損をするのも自分の勝手で成長してきた産業です。


輸入アリは輸出もアリです。受け身から攻めの農業、それが平成の開国です。


「日本の高品質な花は世界に通用する」を、今年もnaniwaFEX in NewYork(2011年1月18日)で実証しました。その様子は、さまざまなメディアで取り上げられました。なにわ花いちばHPでご確認下さい。


アメリカで人気は、スイートピー、ラナンキュラス、グロリオサ、ホワイトスター(オキシペタラム)など日本のオリジナル品目、品種です。もともとアメリカの花は、アンディ・マツイ氏に代表される日系人が作ってきたのですから、日本人の繊細な感性と技術で作り上げた日本の花はアメリカ人に受け入れられるのは当然でしょう。まさに、「日本の高品質な花は世界に通用する」です。


足らないのは、輸出の経験とノウハウ。


捨て去るべきは、「日本の花は高品質だが高いので、輸出なんてできない」という思い込み。


世界で唯一の花の消費大国で、生産大国である日本は、「輸出大国にもなれる」を証明したnaniwaFEX in N.Y.でした。


生産者のみなさま、世界に撃って出ませんか。


2011年1月23日日曜日

坂の上の雲③アンディ・マツイは潮目を読んだ

アメリカンドリーム。全米の洋ラン25%のシェアをもつアンディ・マツイ 氏



4人の子供は全員ハーバード卒。次女キャシーはゴールドマン・サックス幹部。働く親の背中を見て育った。





1961年(昭和36年)、松井紀潔(としきよ)は1万円札1枚をにぎりしめて、サンフランシスコにたどりついた。17日間のきつい船旅であった。



松井は1935年(昭和10年)、奈良県の「行き止まりの村」で1町6反の土地を持つ農家の長男として生まれた。やせた土地に米、麦、野菜を作っていた。18歳の時、家族はみんな仏教徒であるが、洗礼をうけてアンディになった。大学進学など夢の話。将来を決めあぐねていた。



25歳の時、「行き止まり」を出る決心をした。親から、先祖代々の土地を引き継ぐのに20年も待つ気にはなれなかった。両親に「二度と敷居をまたぐな」といわれた。



カリフォルニア、サリナス。キク農場で働いた。時給80セント。働いて働いてお金を貯めた。



1967年(昭和42年)に借地でキク栽培をはじめた。家を建てる金はない。トレーラに子供を残して妻と働いた。彼のキクは見事だった。彼は本物の百姓だった。



2年後には借金で20haの土地を買い、温室を建てた。アメリカのキク生産の15%を占めるまでになった。しかし、オイルショック以降の消費構造の変化に気づいた。ハデ好きのアメリカ人にキクはにあわない。バラに転換した。そのバラも1980年代の終わりごろから、南米からの輸入により、苦境におちいる。バラに見切りを付け、十分な準備の後、1998年(平成10年)に洋ランの鉢栽培をはじめた。63歳になっていた。



今、アンディ・マツイは全米の25%の洋ランを生産し、蘭の帝王とよばれている。成功の秘密は、潮目を読み、余力があるうちに転換したこと。65軒あった日系花栽培農家は破産するなどして3軒しか残っていない。



4人の子供はハーバード大学を卒業した。4人兄妹がそろってハーバードを卒業した例は他にはない。次女キャシーはゴールドマン・サックス証券幹部。農場で働く親の背中を見て育った。子供が学ぶべきことは、「働くことの大切さ」、「人を思いやり、助けようとする気持ちの大切さ」と主張する。



アンディの資産は100億円。子供に残すつもりはない。貧しさのため進学できない子供たちのために、奨学金制度をつくった。農場は、かっての自分と同じ境遇のメキシコからの移民が大半の従業員に継がせる。



優勝劣敗。



アメリカンドリーム。



ひるがえってわが日本。わたしたち。



2010年、カーネーションの輸入は推定45%。2011年には50%を超え、国産と逆転するだろう。これが潮目だろうか。



潮目を読めず、読めたとしても決断できない、「行き止まりの村」に住み続ける、アンディになれなかった私たちはどうしたらよいのか。



この国は、優れたものだけが勝ち残る優勝劣敗の国であってはならない。



大型化、企業化、合理化だけをすすめるオランダ型花づくりであってもならない。



小農が、「行き止まりの村」で、花づくりをして生きていける国でなければならない。



そのためには、



①小農は1軒だけでは小農のままである。まとまらなければならない。



②顧客が誰かを知る



③顧客が欲しいときに欲しい量を納入できる栽培技術



④日本人が得意なこまやかな品質の花づくり



⑤いますぐできる目の前のカイゼン



まず、フラワーバレンタインを成功させましょう。生産者-市場-花店の連携です。






2011年1月11日火曜日

坂の上の雲②短期農業労務者派米制度

派米農村青年の横浜港出港(昭和31年(1956))




カリフォルニア・オックスナードの農場で厳しいイチゴの収穫作業が終日続く(写真は国際農業交流協会編 農業青年海外派遣事業五十年史)




今では考えられないことであるが、日本は貧しい国であった。ついこの間まで。

最近、花の産地を訪れると、ハウスや選花場で働いている若い女性を見かける。なにか様子がちがう。話しかけてみて納得。中国人研修生。

生産者は社長とよばれ、なんとなく偉くなったような気がする。

生産者同士の会話は、「うちの研修生は・・・」、「やっぱり中国人は・・・」。

日本人も、中国人研修生と同じ境遇にあったことを忘れている。いや知っている人はほとんどいない。若者は、昔からずっと豊かな国であったと錯覚している。

そんなに昔の話ではない。戦前でもない。

昭和30年代に、「短期農業労務者派米制度」があり、多くの農村青年が、研修という名目でアメリカへ渡り、農場で働いた。中国人のはなしではない。日本人が、である。農業労務者!。

昭和39年(1964)には東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開かれた。日本が先進国の仲間入りを果たしたと考えられていた時代。すでにそんな時代であったが、農家の次男、三男は独立経営を目指して、アメリカに渡った。3年間一生懸命働いて強いドルを持ち帰り、土地を手に入れ、自分の農場をもつ、そんな夢をいだいて、過酷な労働に耐えた。

北京オリンピックが開かれ、上海万博が成功し、GNPで世界第二位になった中国からの研修生が、日本の3K職場を支えているのと、なんとよく似た光景か。

企業経営には安定した労働力が不可欠で、中国人研修生は有効な手段であることはまちがいない。

勤勉に働いて、企業農家になり、パートを雇い、中国人研修生を受け入れ、社長とよばれるようになった。

でも花が安い。年々、売り上げが減っている。

いまさら、カリフォルニアの地平線まで続く農場で、這いずり回ってキャベツを収穫し、イチゴを摘み取っていた時代に、日本人は戻れない。

今できること、しなければならないことは、「入」を増やし、「出」を減らすこと。

そんななこと誰でもわかっている。

それができないから困っている。

むつかしく考えるからむつかしい。

大きなことを考えるからむつかしい。

目の前の一歩。

「入」を増やすには、昨年7月29日「指の間から1円玉がこぼれ落ちています」で、説明しました。

本来得るべきお金を失っているイージーミスをなくすこと。

次に「出」を減らすには、生産コストを削減するより先に、生活費を少し減らしましょう。

農家はつきあいが広い。サラリーマンと違い、昼間、家にいるので世話役が多い。花生産組織の役員だけでなく、隣保長、農会長、農協総代、農協理事、土地改良区、農業委員会、消防団、同窓会、PTA、少年野球のコーチ、カラオケの会、公民館・・・。それぞれに総会、役員会、忘年会、新年会、花見、暑気払い、打ち上げ、旅行・・・。そして冠婚葬祭のおつきあい

おおきなおせわ?


2011年1月3日月曜日

憧れの花を扱う職業

2011年は大西社長の初せりから始まりました。



明けましておめでとうございます。

新年早々にはnaniwaFEX in N.Y.(1月18日)。2月には業界一丸となったフラワーバレンタインです。

2011年は花産業の反転攻勢の年です。

人の好みはさまざまですが、老若男女、誰もが贈られて嬉しいのが花です。人生の節目には必ず花があります。誕生日、入学式、卒業式、結婚、退職・・、そして葬儀、極楽浄土のお供え。

贈られてうれしく、飾って幸せ。いつも身近にあるのに、憧れの存在、それが花です。

そんな花に関わる、花農家、運送業者、市場、花店、デザイナー・・・、立場は違っても、誇りと生き甲斐がある職業です。

「花産業の発展」、「消費拡大」など大上段に振りかぶってしまうと、よそ事で抽象的、どうしていいかわからないことになります。

しかし、「誰もが憧れる花を扱う誇りと生き甲斐ある自分の職業、職場を守る」と考えると、自分のことで具体的になります。2011年はその節目の年です。

輸入に打ち勝ち、生産を続けることができた先進国はこれまでなかったのですから。先進国は花の消費国ですが、生産国でもあり続けているのは日本だけです。

成熟した日本の花産業が手本とすべき国はありません。わたしたち自身の職業、職場を守ることで、先進国で花を生産し、大量に消費する国に、日本が世界ではじめてなれるのです。

自分たちの職場を守るには、花産業の他の職場をよく知ることです。よく知って連携すること、そして足もとを固めつつ、新しいことにチャレンジすることです。

市場は情報の集積基地、発信基地です。生産者、花店の仲立ちが市場の役割です。

今年も情報を発信します。


ご期待下さい。

2010年12月22日水曜日

2010年の新技術

写真1 小ギクの収穫機(奈良県のホームページより)


写真2 立ち枯れ病で枯れないカーネーション「花恋(かれん)ルージュ」(農研機構花き研究所育成)





日本の花の研究者の数は世界一です。

大学に80名、国に40名、都道府県に280名、合計で400名もいます(宇田調べ)。

国民の腹を満たすわけでもない花をこんなに研究している国は日本だけです。

これらの人は農業の分野で花の研究にたずさわる研究者で、造園や植物園関係は含みません。

基礎研究(残念ながら農学にはノーベル賞はありませんが)から、農家がすぐに利用することができる実用的な研究まで、さまざまなレベルの研究が休むことなく、取り組まれています。

それら膨大な研究から、私が独断で選んだ2010年の夢ある新技術を紹介します。

(1)輪ギクの短茎60cmで年5回獲り(農研機構花き研究所、愛知県、愛知県経済連、鹿児島県の共同)

一般に輪ギクの切り花は80~90cmですが、仏花では60cmあれば十分です。

90cmでは年に、最大で2.5回しか収穫できません。

それを60cmの短茎にして、年に5回収穫する技術を開発しました。植えつけてから60日で花を咲かせます。

90cmでは、10a(1,000㎡)あたり10万本の収量ですが、60cmでは20万本収穫できます。



(2)小ギクを機械で一斉収穫(奈良県、香川県、沖縄県、兵庫県、みのる産業の共同)

切り花の生産で、もっとも時間がかかるのは収穫作業です。

花の収穫はハサミで切り取る手作業で、機械化は不可能と考えられていました。

それを奈良県の研究者と農業機械メーカーみのる産業は、小ギクを収穫する機械を開発し、特許をとりました。まず、沖縄のキクで実用化がはじまります。

この機械では、手作業の1/4の時間で収穫ができます。

ただし、花はばらばらに次々と咲いてきますので、それを一斉に咲かせる技術をも同時に開発しています。



(3)高品質のトルコギキョウを冬に咲かせる技術(農研機構花き研究所、広島県、熊本県、茨城県、福岡花き農協の共同)

トルコギキョウの1~2月の入荷量は、7~8月の1/4しかありません。消費者の要望に応えられていません。

そこで、冬にボリュームがある花を確実に咲かせる技術を開発しました。

その技術は、①大きな苗を植えつけ、②ハウスの昼間の温度を高く、夜の温度を低く、③電照をして、④生育初期に重点的に肥料を与える、ことです。

これにより、1年中、高品質なトルコギキョウを生産できるようになります。



(4)病気に強いカーネーション「花恋(かれん)ルージュ」を育成(農研機構花き研究所)

カーネーションの大敵は、「立ち枯れ病」という病気で株が枯れることです。

この病気には農薬が効きません。

病原菌は、かびと細菌ですが、オランダのような涼しい国は、かびによる立ち枯れ病しか発生しません。

細菌に強いカーネーションはオランダでは育成できません。

花き研究所の小野崎さんらは20年以上の研究の結果、枯れないカーネーション「花恋(かれん)ルージュ」を育成しました。「枯れん」と「花恋(かれん)」・・・。

日本は花づくりに適した気象環境とはいえません。

そんな日本で、世界一高品質な花を生産できているのは、農家の高い技術力と勤勉さ、その農家を支える400名の研究者の技術開発力です。

しかし、400名もいるのに、現場で役立つ研究成果の数は多いとはいえません。原因の一つは、研究者と花づくり農家、農協、市場、仲卸、花店などとの交流、意見交換の不足です。

研究者は花産業の苦況に目を向けてください。

花産業で働くみなさま、ことし1年お疲れ様でした。29日が止市、年明けの1月4日の初市まで、花いちばは休みになります。しかし、農家のみなさんは盆も正月もなく、花の栽培管理に追われ、花店のみなさまは年末のかき入れ時です。くれぐれも健康にご留意下さい。

年明けの1月18日は、NaniwaFEX in N.Y.です。なにわのベテラン営業社員がニューヨークで、日本の高品質な花を売りまくります。ご期待下さい。


みなさま、よいお年をお迎えください。


2010年12月14日火曜日

坂の上の雲①昭和6年の淡路の花建設大使節

昭和25年 昭和天皇巡幸をお出迎えする淡路の生産者(新田紫紅園)




砂川忠弥先生顕彰碑(淡路市妙勝寺)



昭和初期の神戸高級園芸市場(兵庫県生花の前身)



今では考えられないことであるが、日本は貧しい国であった。ついこの間まで。


年号が大正から昭和にかわったころ、世界大恐慌にみまわれた。2008年のリーマンショックに比較される100年に一度といわれた大恐慌である。


大商社、鈴木商店が破産をした。銀行や大企業がつぎつぎと倒産し、都会には失業者があふれた。


農村では生糸輸出の激減、デフレによる農産物価格の暴落に加え、冷害による凶作が追い打ちをかけた。娘を身売りし、東北では餓死者がでた。


淡路島は農地が少ないうえに、農家戸数が多い。さらに、失業した次男三男が都会から戻ってきた。米麦だけでは生きてゆけない。農家の困窮は目を覆うばかりであった。


この悲惨な状況をみかねた農会(現在の農業改良普及センターに相当)の若い技術者たちは、有り余っている労力を利用して、集約的な花栽培に取り組もうとした。


島民の期待を一身に背負い「淡路の花建設の大使節」(新淡路新聞 昭和6年12月12日号)は、昭和6年12月、5泊6日の関東の先進地視察に旅だった。交通事情が悪かった時代の必死の思いの長旅であった。新田秀雄、砂川忠弥、土井清、斗ノ内昌一郎ら6名の津名郡農会の若い技手たちである。


視察先


静岡県:浜松、芳川村、飯田村の温室栽培(キウリ、メロン、カーネーション、バラ)


神奈川県:横浜市杉田町の温室、露地栽培(カーネーション、アスパラガス)


東京:玉川温室村(カーネーション)


千葉県:保田、富浦の露地栽培(キンセンカ、スイセン、アスパラガス、千両、コデマリ)


視察を終え、技術者たちは、淡路は関西の房州になりえると確信した。


翌昭和7年夏、3日間にわたり花卉栽培講習会を開いた。講師には、神戸高級園芸市場の畑中宏之佑を招いた。園芸家は技術を公開しないのがあたりまえの時代に、畑中は座学だけでなく、栽培技術をも懇切丁寧に教え、淡路の農民を感激させた。この畑中の長男が兵庫県生花(梅田生花)前社長、故畑中隆博である。


農会では早速に兵庫県から花卉栽培奨励金を得て、種苗を共同購入し、キンセンカ、ルピナス、矢車草、カーネーションなどを栽培した。農会技術者の熱心な指導のもと、切り花はよくできた。

キンセンカは反当たり400~500円と米の10倍以上の粗収入をあげることができた。これにより、一気に花栽培熱が高まり、淡路島は関西の重要な花の供給基地として今日に至っている。


このときの農会の技術者たちは自分でも花を栽培し、技術を向上させるとともに要職を歴任し、一生を淡路の発展にささげた。

新田は津名東農協組合長、県議会議長、砂川は初代東浦町長、土井は一宮町長、斗ノ内はカーネーション専業農家になり名人と謳われた。


淡路の花づくりのきっかけとなった農会技術者の関東視察から、来る平成23年には80年をむかえる。


80年のうち50年は坂の上の雲をめざし、必死で坂道を上り続けた時代であった。勤勉に働きさえすれば、花づくりは儲かった。儲けた金で温室を増やし、家を建て替え、子供に高等教育を受けさせた。


坂の頂にたってしまってからの30年は、目標を見失った時代が続く。働くことはいとわないが、どう働いたらよいのかがわからない。淡路の花づくりだけでなく、日本の花づくり全体がそうなってしまった。日本の国自身がそうである。


しかし、今さら坂の上の雲を見上げた貧しくハングリーであった時代に戻れるわけはない。


豊かな成熟した日本であることを自覚し、この国にあった花づくり、この国の国民が求める品質の花づくりを目指さすしかない。


今、生産者が目指している花は、日本の国民がのぞんでいる花なのか。


花が大きくて、茎が太くて長くて剛直な切り花はハングリーな国が求めている花ではないのか。


成熟した日本国の花は上品で、しなやかであるべきでは。


花業界のプロが品質を決める「裸の王様」状態になっていないか。


てはじめは、数多く開催されている品評会の審査員から、すくなくとも生産者、農業技術者を排除し、もっと普通の消費者の声を聞くことである。


















2010年12月10日金曜日

ノーベル賞受賞鈴木章先生のふるさと北海道むかわ町は小さくても光輝く花産地

鈴木章先生のノーベル賞受賞を祝うむかわ町役場




ノーベル化学賞受賞 鈴木章先生、根岸英一先生おめでとうございます。




鈴木章先生のふるさと、北海道むかわ町を訪問しました。




むかわ町は町をあげての祝賀ムード。役場には大きな垂れ幕が掲げられていました。




鈴木先生より競走馬ナカヤマフェスタのほうが目立つと感じるのは目の錯覚でしょうか。




むかわ町の花づくりは24名、アルストロメリア、スターチス、カーネーション、フリージア、トルコギキョウが主な品目です。小粒な産地ですが1戸あたりの売り上げは北海道のトップクラス(ということは全国のトップクラス)です。




なぜ、むかわ町の花づくりは元気なのでしょうか。




それは、生産者-農協-町役場-普及センターの緻密な連携と、こまわりがきく組織体の小ささです。もちろん、産地となにわ花いちばの担当との緊密な関係もお役に立てていると思います。




花づくりの現場では、農協の評価はかんばしいとはいえません。大きな合併農協になると、個々の生産者のことよりも、農協経営が優先され、資源を貯金や共済に集中せざるをえなくなります。農協の生産者離れです。




幸い、鵡川(むかわ)農協は大型合併農協ではありません。生産者と営農指導員さんとがひじょうに近い距離にあります。




農協なくして農業の発展は考えられません。農協が農協本来の仕事をすること、大きな目を開けて世間の動きをとらえ、進むべき方向を見定め戦略を打ち立てる、それこそ農協の仕事です。

それが生産者に利益をもたらすことを、むかわ町の花づくりは実証しています。




2010年11月25日木曜日

夢を買う農家育種のススメ

新品種コンテスト「ジャパンフラワーセレクション」(財団法人 日本花普及センター)





ご婦人方による交配技術研修(宝くじ共同購入育種の楽しみでもある)







今年も年末ジャンボ宝くじの季節になりました。


庶民の夢。444人が億万長者になれるそうです。


花農家には、宝くじより確率が高く億万長者になれる方法があります。

前々回、日本の育種力が低下していることをお話ししました。

その品種改良、育種です。

花農家のみなさん、種苗会社に頼るのではなく、農家みずから育種、すなわち「農家育種」をしましょう。

農家育種には3つのレベルがあります。

①起業育種、②宝くじ共同購入育種、③たねとり育種です。

①の「起業育種」は「企業育種」ではありません。花づくり農家が、自ら品種改良したオリジナル品種により、大きく飛躍して、その品目では特別な経営になる、すなわち「起業」です。

ラナンキュラスの綾園芸さん(宮崎)、トルコギキョウの中曽根さん(長野)、バラのメルヘンローズさん(大分)、今井さん(広島)、カーネーションの稲垣さん(愛知)、昼神さん(長野)、ストックの黒川さん(千葉)、オキシペタラムの笹岡さん(高知)、吉村さん(長崎)など、全国に大勢の成功者がおられます。

2代目、3代目の若い後継者は、親とは少し方向をかえて、育種に取り組んではいかがでしょうか。

③の「たねとり育種」は、別名「できちゃった育種」です。

農協の直売所や道の駅に出荷しているお年寄りや女性におすすめです。

これらの直売所では、「新鮮」、「安価」、「つくった人の顔がみえる」、がウリです。

高価な新品種のたねや苗を買う必要はありません。

古い品種や100円の絵袋のたねを買い、栽培後には自分でたねをとりましょう。

花の色や外観が少々ちがっていても、直売所では問題にはなりません。自分だけのオリジナル品種になります。

ついでに小菊やナデシコなど、さし芽でふやす種類でもたねを採ってみましょう。必ず、親とはちがう花が咲きます。それらもミックスとして商品になります。気に入った花があればさし芽で増やし、固定することができます。

この方法でたねとりをしていくと、その地域、自分の畑の環境にあった、寒さや暑さ、乾燥や湿害、病気や害虫に強い品種になっていきます。

無欲の勝利、すばらしい新品種が誕生することもあります。まさしく「できちゃった育種」です。

普及員さんや営農指導員さんに助けていただいて、新品種として、国に品種登録をすることもできます。農林水産大臣から立派な登録証がいただけます。

地域で評判になるでしょう。

②の「宝くじ共同購入育種」は、①と③の中間の、普通の花づくり農家の育種です。

これらの農家は、オリジナル品種で差別化をはかりたいが、育種にかける時間、労力がありません。

その夢を叶えるのが「宝くじ共同購入育種」です。

仲間で少しのお金を出し合い宝くじを買い、当たれば賞金を分け合うシステムです。みんなで育種労力とリスクを分かち合うのです。

夢は大きく、リスクは少なく、それなりの実利が期待できます。行政の支援を得ることもできます。

じゃまくさい交配の部分は農業試験場や農協に助けていただくことも可能です。採れたたねをまいて育てるのは農家がもっとも得意な分野です。

農家だけでなく、行政、農協、さらには花屋さん、市場を招き、みんなで夢を語りながら選抜します。

ばらばらになりがちな産地が、夢と実利を共有する育種で、ひとつにまとまることができます。宝くじであり、お祭りでもあります。

育種技術そのものはむつかしいことではありません。

めしべに、おしべから採った花粉をつけてたねを採る、生物に共通の生殖作業です。

ビギナーズラックは育種にもあてはまります。

はじめての交配では、すばらしい品種が、高い確率で誕生します。

もし、はじめての交配で気に入った花が生まれなかったら、育種はあきらめましょう。続けても泥沼にはまるだけです。先祖伝来の財産を失うかもしれません。違う夢にチャレンジしましょう。

農家育種で億万長者になりましょう。
































2010年11月16日火曜日

環境にやさしい花づくりには科学・技術の支援が必要です

写真1 夜、黄色の蛍光灯をつけて夜盗虫(ヨトウムシ)の被害を減らす





写真2 粘着版で害虫をつかまえる



化学農薬の使用量を減らし、排出炭酸ガスを減らす、環境にやさしい花を作り、安心安全な花を提供することは、生産者だけでなく、市場、花屋さん、誰もがめざすところです。
農薬の使用量を減らして、なおかつ花の病気や害虫を減らす、これは簡単なことではありません。
環境にやさしい花だからといって、ダニがついていたり、灰色かび病がでていたのでは誰も買ってくれません。


情熱や熱意、精神力だけで、ダニや病気を退治することはできません。
実現には、科学と技術の裏付けと、勤勉な労働が必要です。
ところが、「作れば売れる時代は終わった」のスローガンが一人歩きをし、モノ作りの原点が忘れられています。「売る技術」優先で、「つくる技術」が軽視されています。
「作れば売れる時代は終わった」の前提は、「どんなに品質が良くても」です。
日本はモノづくりで生きていく国です。モノづくりにゴールはありません。
日々、改善、進歩、向上です。
それにもかかわらず「環境にやさしい」スローガンだけが元気よく、それを実現する「技術と勤勉な労働」が、軽視されています。
ハウス内の湿度、温度、光環境の改善、防虫ネット、天敵、光防除、病気に強い花づくり・・・、科学の支援なしには実現できません。
日本では、農業の研究開発、技術指導は、農協と国、自治体がほぼ独占しています。つまり、税金で運営されていますので、無料でこれらのサービスを受けることができます。
環境にやさしい花づくりの実現は、花農家の身の回りにいる農協や自治体の指導員さんとの連携と栽培履歴の記帳からはじまります。

2010年10月27日水曜日

日本の育種力が低下しています


日本人は園芸好きの国民です。江戸時代には、大名から庶民まで、さまざまな花、植木を育て、楽しみ、人が持っていない珍しい品種を作り出すことに熱中していました。それは、産業として花作りが始まった明治以降も引き継がれました。その日本人が得意な品種改良が危機的な状況にあります。その輸入が急増しています。かつての花生産先進国であったドイツ、アメリカ、オランダのように、日本の花生産も壊滅してしまうのでしょうか。実は、切り花の輸入より、品種、たねや苗、球根の海外依存のほうが日本の花産業にとって、危機的な状況にあります。
日本の品種改良の強さ、弱さをあらわす指標として、「育種力(いくしゅりょく)」を考案しました(そんな大げさなものではありませんが)。




それは、(財)日本花普及センターが公開している全国24市場の品目ごとの入荷順位リストを用います。
ベストテン品種うち、国産品種の割合(取り扱い数量)をパーセントであらわしました。100はすべて国産品種で育種力が強い。0はすべて外国品種で育種力が弱い品目としました。上の図1です。
育種力100は、輪ギク、トルコギキョウ、リンドウ、スターチス・シヌアータ、ストック、ヒマワリです。ダリアは97、ラナンキュラスは92、スプレーギクは91です。
これらは、育種力が強い、すなわち国産品種ががんばっている、強力なオリジナル品種を持っている品目です。国際競争で勝てる品目です。ただし、国産品種が海外に流出してしまい逆輸入に苦しむ輪ギクは別です。

反対に、育種力0は、スプレーバラ、オリエンタルユリ、LAユリ、アルストロメリアです。

ガーベラは7、スプレーカーネーションは13、スタンダードカーネーションは20です。

これらは育種力が弱い品目で、海外品種(ほとんどはオランダ)に依存してます。コロンビア、ケニア、中国、韓国などと同じ品種を作っており、国際競争に耐えられない品目です。ユリ、アルストロメリアの輸入は多くはありません。しかし、球根をすべて海外に依存していては、日本の消費者の好みに対応することができません。

スプレーギクとカーネーションの輸入割合(2009年)は、どちらも40%です。同じ40%でも、育種力が弱く品種のほとんどを海外に依存しているカーネーションのほうが圧倒的に危機的な状況です。育種力がある程度強いスプレーギクは輸入との棲み分けで、まだがんばれます。

品種改良が大好きな日本(人)の育種力がなぜ低下したのでしょうか。

それは、種苗会社の育種力の低下です。



図2は、全国のたね屋さんの組織である(社)日本種苗協会が主催する品種コンクールに出品された品目数と出品品種数の推移です。これは種苗会社が品種改良した新品種のコンクールで、金賞を取ることは大変な名誉です。そのコンクールにおいて、1992年には、18品目306の新品種が出品されていましたが、2009年には4品目(トルコギキョウ、スターチス、パンジー・ビオラ、ペチュニア)85品種に減少しています。つまり、権威あるコンクールに出品する新品種がないということです。

種苗会社にとって、野菜のたね(品種)は大量に売れますが、多種目少量生産の花のたね(品種)は儲からないということでしょう。さらに、品種改良はできても、雨が多い日本の気候は、たね採りや球根の増殖には適していないという問題もあります。ユリは日本の原産でありながら、テッポウユリを除いては、国内では球根生産ができていません。

このように考えてくると、日本の育種力が低下したのは、品種改良をする力が弱くなったのではない、といえます。それどころか、ダリア、ラナンキュラス、トルコギキョウなど多くの花では農家による育種(生産者育種)が成果をあげています。

日本の弱点は、品種改良で作り上げた新品種のたね、苗、球根を安く生産する、種苗ビジネスの経営です。総合種苗会社、専門種苗会社が、花の消費拡大、国内花生産の持続に大きな役割を担っています。

2010年10月10日日曜日

生産者のみなさま。その言葉、通じていません

      生産者の熱き想いを伝えるには、花屋さんに通じることばを









花屋さんとの勉強会に、ゲストとして生産者に参加していただいています。
産地の特徴や、生産者のこだわり、熱き想いを語っていただき、好評です。
しかし、花屋さん、特に女性従業員の方には、わからないことがあります。
生産者にとってはあたりまえの言葉が、花屋さんに通じていないのです。
勉強会は、まず、ゲストの挨拶からはじまります。




「しゅうのう2年目で、まだ勉強中です。」
しゅうのう=収納?
「就農」です。つまり、農業に就くこと、農業に就職したということですが、これが通じません。。農村では一般的なことばですが、広辞苑にもありません。「花作りをはじめて2年目です。」ですよね。




「温室2反、ろじ3反を経営しています。」
「路地」では、「雨の路地裏、法善寺~」、演歌の世界になります。農業の世界では、ろじ=露地です。ガラス温室やビニルハウスの施設栽培にたいして、覆いのないoutdoorで、農作物を作ることです。残念ながら言い換えはありません。花屋さんに施設栽培と露地栽培を理解していただきましょう(路地ではなく、露地です)。



また、若い花屋さんには、1反(たん)、10a(アール)、300坪(つぼ)という面積の単位もややこしいですね(1反=10a=300坪=1,000㎡で、同じ面積です)。反対に私は、ハウス1,500㎡といわれてもぴんときません。3.3㎡が1坪だから500坪弱か、と坪に換算しないと実感がわきません。市場の社員をも含めて、今の若い人はどんな単位を実感しているのでしょうか?当然、メートル法の㎡でしょうか(年寄りは「へーべ」と発音しますが、やはり平方メートルでしょうか)。




「みしょう2か月で花が咲きます」
未生? 未詳?
漢字で書くと「実生」です。「みばえ」とは読みません。「たねから芽が出て成長すること」です。「たねをまいて、2か月で花が咲きます。」

「6月にほじょうに定植をします」

「圃場」です。「圃」が当用漢字にないので「ほ場」と書きます。「田や畑」ですが、それではぴったりきません。農作物をつくる農地のことですが、圃場を知っていただくしかありません。

「定植」もわからない人がいます。「定食」のイメージが強いのでしょうか。「植え付け」です。

どの業界にも特殊な用語、いわゆる業界用語があります。

メジャーな業界、人気の業界では、業界用語が誰もがわかる、一般的な言葉になっています。

警察用語の、「ガイシャ(被害者)」、「デカ(刑事)」、「ホシ(犯人)」、マスコミ用語の「生(live)」、「ギャラ(報酬)」、「おす(時間が足りなくなる)」など・・。

花作りはメジャーな業界ではありません。お客さまである花屋さんに通じない言葉を使ったのでは、熱き想いを伝えることができません。

世間は広い。カルチャーショックを感じて下さい。カルチャーショックが勉強で、消費拡大の第一歩です。

しかし、世間にもっとも通じていな言葉は「花き」なのですが・・・。

2010年9月21日火曜日

反省なき業界 その2

小ギクのことならこの人たちに聞け
左:奈良県農業総合センター普及研修部 有馬 毅係長
右:同 研究開発部 仲 照史総括研究員

麦わら帽子にタオル、これぞ日本の技術者



お盆にキクがない、彼岸にもない。

毎年、似たようなことが繰り返されています。

それにもかかわらず、反省がみられない花業界。


①毎日毎日が勝負で、反省する余裕がない。すんだことは忘れて、また明日。

②平時よりも乱世を好む体質。勝った負けた、取った取られた・・・が、大好き。待ってましたの異常気象。業界みんながイキイキ。

③長い経験で、来年のことが見えている。来年は天候がよいうえに、生産者みんなが少しずつ植え付けを増やす。お盆にはキクがあふれる。「こんなにキク作ってどないするんや!」

④「ないない」と言われるときが華。



このような繰り返しで過ごせたのも、産地が国内だけの時代。


今や産地は世界に広がっています。

当てにならない国産より、納期を守る輸入品。


さて、いつものように来年のお天気に期待するのか?


小ギク生産者のみなさま、もう少し、花が咲く時期をコントロールしませんか。

技術はあるのですから。


露地(ろじ)の小ギク生産であっても電照は必要でしょう。


専門的な話になりますが、お盆のキクは、電照どんぴしゃの秋ギクではなく、夏秋(かしゅう)ギクです。
電照が効く品種と効かない品種があります。さらに、電照は、花芽分化(はなめぶんか)をさせないのではなく、遅らせるだけです。ですから、いつ電照を止めるかがミソです。
顕微鏡で花芽を観察して、電照打ち切り時期を決めます。その作業は、地元の技術者に助けてもらいましょう。

これだけ多くの花の技術者、研究者がいるのは、世界で日本だけです。


「露地の花はお天気任せ」は、もう通用しません。


産地のみなさま、
もう少し、
工夫をしませんか。

2010年9月7日火曜日

大阪の熱い夜~ブルームネットさん・PCガーベラさんとの勉強会~



8月25日 カラー勉強会







9月1日ガーベラ勉強会





花屋さんとの勉強会、8月のゲストは、千葉県君津市のカラー生産者ブルームネットさん、9月は静岡県浜松市のPCガーベラさんでした。その内容は、「なにわ花にっき」で、リアルタイムでお知らせしたとおりです。

ブルームネットHP http://www.bloom-net-calla.com/

PCガーベラHP http://www.ne.jp/asahi/pcgerbera/hp/top/ でもご覧いただけます。

まさに、夜8時から深夜まで、熱い勉強会でした。






大阪の熱い夜をさらに熱くしたのが、ブルームネットさんとPCさんの花屋さんに伝えたい「熱き想い」でした。


両グループともに、「環境にやさいい生産・流通の国際認証であるMPS」を取得し、さらにブルームさんは「7日間の日持ち保証」、PCさんは「採花日表示」に取り組んでおられます。まさに最先端を行く生産者たちです。これからの花産業に、激震をもたらす生産者グループで、要注目です。


取り組みのひとつであるMPSについては、残念ながら花屋さんと議論を深めることができませんでした。なぜなら、花屋さんはエコファーマーやMPSについてなにも知らされていないからです。花屋さんを対象にしたMPSもあるのですが、まだまだ認知度は低いようです。

エコファーマー、MPSの課題は、花屋さんに知っていただくことです。

産地では、エコファーマーやMPS以外にも、朝採り、日持ち保証、採花日表示、咲き切り保証・・・、そして花育、いろいろな取り組みが進行中です。


それら取り組みの最終目標は、国産の花の消費を拡大し、それぞれが利益を得ることです。

産地での熱い取り組みを、どのように活用するのか。

1.花市場は、朝採り、日持ち保証、採花日表示などの産地での取り組み情報、こだわり情報を、web販売やせり電光掲示板の備考欄などで花屋さんに伝える。

2.産地にとって、採花日を表示することには、何の問題もありません。採花日表示があたりまえになってくると、花の流通、市場のあり方そのものが変わっていかざるをえません。産地→市場→花屋→消費者の時間をいかに短くするか、が課題になります。あいまいであった「花の鮮度」とは、「収穫してから消費者に届くまでの時間が短いこと」と、定義されるようになります。


3.花屋さんは産地情報をポップやチラシ、口頭でお客さまに伝える。さらに、日持ち保証したカラー、採花日表示をしたガーベラを、どのように活用して、売り上げ増に結びつけるか、ボールは花屋さんサイドにあります。


4.忘れてならないことは、さまざまな情報は、花屋さんに支持されるモノ=花があることが大前提です。生産者は花をつくってこそ生産者です。

ブルームネットさん、PCさんが大阪の花屋さんから熱烈に支持されるのは、その花の品質の高さゆえです。

2010年8月20日金曜日

もうやめませんか「オランダでは・・・」







オランダからは多くのことを学びました。


上:バケット流通 下:市場の時計せり


野菜や果樹の人が、花業界を不思議に思っていることがあります。

それは、ふたことめには、「オランダでは・・」を繰り返すことです。

野菜や果樹の人には、この「オランダ」がわからないようです。

なぜ、アメリカでなく、ドイツでもなく、スウェーデンでもなくオランダなのか?

なぜ、地域、環境、気候、伝統文化に根ざした農業で、外国を引き合いにだすのか?

言われてみるともっともです。

なぜ、花業界では、「オランダでは・・・」が、黄門さまの印籠になっているのでしょうか。

ひとつには、野菜や果樹が国内だけで勝負できるのに対して、花はグローバル産業であるから、世界の花の中心オランダの動向を注視する必要がある、と言うこともできます。

しかし、結局のところ、明治維新以来、西洋列強に「追いつき追い越せ」が、日本人に居心地がよいポジッションなのでしょう。ある種の思考停止状態です。

いつも、お手本となる目標が欲しいのです。

オランダの前は、当然アメリカでした。

工業だけでなく、農業もアメリカは憧れでした。カリフォルニアの園芸、サンフランシスコ近郊サリナスの花づくり。

このころは、「アメリカでは・・・」、「カリフォルニアでは・・・」、「サリナスでは・・・」、「○○農園では・・・」でした。多くのアメリカの花ウォッチャーがいて、最新のデータを紹介してくれました。そのころは、「バラの適温は70°F(華氏70度)」、「植え付け間隔は3インチ×5インチ」、「収量は1平方フィート当たり何本」が、かっこよく、「収量坪に500本」などと言うのは時代遅れと指摘をされていました。ましてや有機の肥料なんて・・・。

アメリカからは多くのことを学びました。今日、日本の花生産があるのは、アメリカ式栽培方法を学んだからです。日本の花生産がはじまった100年前、英国式の軒が低く、換気が悪い温室で栽培をはじめた先駆者は、ことごとく失敗しました。冬の寒さだけを考え、夏の暑さ対策がなかったからです。英国には日本のような高温多湿がないからです。成功に導いてくれたのは、アメリカ帰りの生産者たちでした。

しかし、あれだけ目標とし、憧れであったアメリカの花生産が、南米からの輸入に対抗できず、あっけなく壊滅してしまいました。1982年(昭和57年)に、米国カーネーション協会は解散しました。わずか90年の歴史でした。日本のバラ農家が目標とした米国バラ協会も、カーネーション協会の後を追うように解散してしまいました。

1980年代後半には、世界の花生産の中心はアメリカからオランダへ移りました。そこで、ウォッチャーもアメリカからオランダに転換しました。

オランダからも多くのことを学びました。ロックウール、バケット輸送、市場の時計せりなどなど。

そのオランダも切り花生産はすでに破綻しています。

日本の花生産が1998年をピークに、右肩下がり状態になったのは、景気の影響だけではありません。もはや世界に手本とする国がないのに、生産が破綻したオランダモデルをいつまでも目標にしてきたからです。

人口1.25億人、GDP5兆ドル、花の生産者10万戸、生産面積36,000ha、切り花消費60億本、生産国であって消費国。こんな国は日本しかありません。先頭に立って、自分たちで自分たちの進む方向を決め、進んでいかなければならないのに、いつまでも世界にお手本を探し、思考停止状態に陥っていたことが、停滞の原因です。なにもかもオランダをまねようとしたことに、無理があったのです。日本人は、2番手、3番手の居心地がよく、先頭は苦手なのでしょう。世界一の長寿国は日本なのに、長寿村を探し回り、その食事や生活から長寿の秘密を探るのが日本人は好きです

花づくりは農業です。川上から川下まで多くの人がかかわっていますが、生産者以外は農業に縁がない人たちです。花は、イネやタマネギやミカンと同じで、農民が農村で作っているということを忘れていませんか。

農業は、土、気候、文化、宗教などを基盤とする産業です。温帯モンスーン地帯、小農自作農の農耕民族、神は石、木、水、山・・・森羅万象すべてに宿る多神教。この日本の農民の花づくりが進む方向は、オランダのように効率優先の狩猟民族的大規模化、重装備化ではありません。オランダですらこのやり方で破綻したのです。小農の集合体、すなわち農協共選やグループ共選で、大きな経営体になるのが日本の農業です。



1.先進国で、経済大国で、人口が1億人以上で、花農家が10万戸いて、生産国で、消費国である日本が手本にする国は世界にありません。進む方向は日本人が決めるしかありません。


2.日本の進む方向は、家族中心の、地域に根ざした経営です。家族経営が集まって、大きな生産量を確保する農協共選やグループ共選です。自信のある人は、きらりと光る個人経営をつらぬきます。


3.高い技術力による高品質生産は、農業も工業と同じです。


4.日本がオランダにかなわないのは、育種力と苗、球根生産です。まず、育種立国です。手先が器用で、観察力が鋭い日本人には、育種は得意技です。


5.「環境にやさしい」は地球人すべての目標です。農薬や化学肥料に矮小化しては本筋を見誤ります。1番の環境にやさしい花づくりは、農家が、農村で、農業を続けることです。農家が、国土、緑の環境を保全しているのです。農村の最後の砦が、花農家と畜産農家である現状では、日本の花生産が滅びると地方が滅び、国土が保全できません。


6.先進国を手本に、「追いつき追い越せ」の時代は終わりました。項目ごとに手本の国を探してくるご都合主義の手法では日本の進む方向は見えてきません。平和はスイス、福祉はスウェーデン、金融経済はアメリカ、数学はインド、花はオランダ・・・


7.「オランダでは・・・」には、ソフトバンク、犬のお父さん白戸次郎氏が、桂浜で太平洋に向かって演説する龍馬なりきり武田鉄矢に言い放った、「ふん、龍馬かぶれめ!」にならって、「それがどないしたん!」と、切り返しましょう。

2010年8月11日水曜日

反省なき業界

画像:ライト兄弟からアームストロング船長までわずか66年(Wikipedia)

お盆商戦お疲れ様でした。

猛暑の季節に、1年中でもっとも多くの花を取り扱う、人にとっても花にとっても過酷な物日がお盆です。

満足できたお盆だったでしょうか。

キクの花が遅れた、ハスの水あげが、ほおずきが、・・・

去年にも聞いたような話が・・・

お盆が終わったら、やれやれ。

次は敬老の日に彼岸、ブライダルシーズンに年末に迎春・・・、気がついたらまたお盆。

反省なき花業界。いや、反省をする余裕もない花業界。

わが国で花生産がはじまって100年、花を作る技術はどれだけ進んだでしょうか。

母の日にカーネーションが咲かない、お盆にキクがない・・・。

消費者が花を欲しいときに、花を出荷することができない。

人類がはじめて動力で空を飛んだのはライト兄弟。1903年(明治36年)のことで、花生産がはじまったのとかわらない107年前。人類はそれからわずか66年後の1969年に、アポロ11号でアームストロング船長を月に降り立たせました。その進歩の速さ。

この違いは何なのか?

それはまさしく「反省」。

行動→失敗→反省→行動→失敗→反省→・・・・・。

この繰り返しが多いほど、技術は改善され、進歩します。

残念ながら、農業は年1作、この道30年のベテランでもわずか30回の栽培経験しかありません。

栽培回数が少ないうえに反省がなければ進歩するわけはありません。

花業界は世間のお盆が終わってからが、お盆。少しの間、立ち止まって、少しの反省。

なにが問題か?対策は?



当然、「作る」が問題です。




「作れば売れる時代は終わった」といわれていますが、「売るためには作らなければならない」のです。

肝心の花がなければ、プロモーションも消費拡大もありえません。

「お天気が悪かった」は、反省ではありません。

来年になにもつながりません。

国産の花は、花屋さんに当てにされなくなっています。

「輸入が増えたから国産が減った」のではありません。

「国産が減ったから輸入が増えざるをえなかった」のです。


「咲かせたいときに咲かせる技術」は誰も教えてくれません。産地で、地元の技術者とともに作り上げるしかありません。




それが、「国産の花」が、生き続けるための第一歩です。