2010年7月14日水曜日

ユニクロのL、M、Sと切り花のL、M、Sは同じですか

等級秀・階級Mの表示


等階級はすべて包含して2L







花業界では切り花の品質について誤解があるようです。



とくに、日常的に花を扱っている生産者や市場、花店と、イメージとして花をとらえている行政やマーケティングの方々との間での認識の違いです。



花の規格は、衣服の規格と同じLMSです。



では、切り花のLMSと、たとえばユニクロで売られているTシャツのLMSは同じでしょうか。



同じと勘違いしている人が多くいます。



ユニクロのLとMの違いは大きさが違うだけで、品質はまったく同じで、価格も同じです。



切り花のLとMの違いは大きさの違いだけでしょうか。



切り花の規格には、秀、優、良など品質をあらわす等級と、L、M、Sのボリュームをあらわす階級があります。秀のLという表示です(最近では産地独自のLMSでなく、だれにでもわかるセンチ表示が推奨されています)。



しかし、L、M、Sのボリューム表示だけの産地、品目も多くあります。つまり、大きいことは品質も優れ、小さいことは質も劣るというのが、切り花の考え方で、L、M、Sで品質をも含めた表示です(画像下)。



ここに日持ち保証の問題点があります。



今、日持ち保証をしようとしているのは、スーパーの花束の無人販売です。欧米のスーパーマーケットは、日持ち保証をしたので、切り花の売り上げが急激に伸びたという情報が背景にあります。スーパーの花、すなわちホームユースは、取り扱いやすい切り花の長さでお手ごろ価格、2LやLではありません。



ホームユースサイズであるMを日持ち保証するのは生産者にとってつらいことです。



日持ちにも誤解があります。日持ちを決定するのは、収穫後の取り扱いが3割、栽培環境、栽培技術で7割です。ハウスの中でじっくり同化養分を溜め込んだ花は、日持ちが長くなります。そのような花はボリュームも2Lになります。M、Sは、2Lをめざしたが、うまくいかずMやSになってしまった同化養分が少ない花です。



ここがユニクロと決定的に違うところです。



日持ち保証は意欲のある花屋さん、市場、それをサポートするマーケティングの人たちにより歩み始めていますが、欠けているのが、高品質なホームユースサイズ、Mを作る生産者です。持続可能な日持ち保証には、日持ちが長い切り花の生産が基本です。



それは、日本の優秀な生産者にとって、むつかしいことではありません。



問題は、Mを作った経営を成り立たせた事例がない、ということです。新しい品質、規格を提案し、成功させるには、生産者の熱き想いと手を携える市場の存在が不可欠です。










2010年6月22日火曜日

生産者には、まずなすべきことがある、のでは?

                      ガーベラは品評会泣かせ






花屋さんの鮮度管理セミナーの講師をつとめさせていただくことがあります。

講演を終わっての質疑応答、きまってダリアとガーベラです。

ダリアの水あげが悪い、日持ちが短い、ガーベラの水が下がる・・・。

こんなにも花屋さんが苦労しているとは!

「巨大輪のダリアはもともと花壇の花で、切り花にすると日持ちが悪いのは仕方がないことです。日持ちだけが価値ではありません。」の説明で、なんとなく納得していただけます。それがダリアの勢い、時代の花だからでしょう。でも、いつまでもこれで通用するわけではありません。今の巨大輪、花色が陳腐化したときには、水あげ、日持ちの悪さがボディーブローのようにきいてくるでしょう。

一方、成熟したメジャー切り花であるガーベラに、今でも花屋さんが手こずっているのは、悲しいことです。


上の画像は、日本一の花の展覧会、東京池袋で毎年開かれる「関東東海花の展覧会」のガーベラです。これではガーベラは水あげが悪いので、買わないでくださいと宣伝しているようなものです。
花の産地では、つねに日持ちを検査しています。産地ではガーベラの水が下がる、日持ちが悪いなど夢にも考えていません。花屋さんの意見となぜ違うのでしょうか。
それは、日持ち検査の方法に原因があります。日持ち検査マニュアルでは、形質のよくそろった切り花を5~10本選び、定められた切り花長で切り戻し・・・となっています。
この過程で、カビがはえた花、茎が弱い花、花首があやしい花などははねられています。結局、多くの花の中から、品質のよい花だけが日持ち検査されているのです。このような切り花では、水が下がり、極端に日持ちが短いことは、まずありません。
花屋さんが問題にしているのは、購入した1ケース30本なり50本なりに、1本でもカビがはえていたり、水が上がらなかった花があれば、そのケースすべてがクレームの対象になります。
これが花屋さんと産地との認識の違いです。


さて、水の下がった花はどうするのか。
どんなマニュアル本にも水切り、湯あげ、焼く、割る、たたく・・・などの水あげ技術が紹介されていますが、こんなのは、鎌倉時代か室町時代の秘伝です。平成の大量流通商品(ガーベラは年間2億本近くが消費されています)が、お客さまにお願いすることではありません。

切り花用のハサミさえ、家庭にはないのですから。

漂白剤、洗剤・・・、裏技でもなんでもありません。おじさんの、小ねた、うんちくにすぎません。

消費拡大は、「秘伝から科学へ」です。

そして、ガーベラこそ、「産地から日持ち保証、品質保証」商品です。

収穫後の管理より、まず、水がさがらないガーベラ生産です。

「それがむつかしいから苦労しとるんや」
そのとおり。
まさに「産地力」、「業界力(キク業界、バラ業界、カーネーション業界、ユリ業界、ガーベラ業界・・・)」の競争です。

それぞれの地元には優秀な農業試験場があります。
国立地方大学農学部は、産地からの働きかけを待っています。ガーベラには静岡大学農学部があります。おなじように、マーガレットには、香川大学農学部があります。

優秀なドクターが研究室の扉を開けて、お待ちです。








2010年6月3日木曜日

花いちばはこんなところです④市場のハサミ




上の写真は、NaniwaFEXやさまざまなイベントで花の飾り付けをお願いしているテクノホルティ大阪校の学生さんが、お腰にぶらさげているハサミです。用途にあわせてこれだけのハサミを持ち歩いています。これ以外に、ナイフもあります。その他、カッター、メジャー、マジックインキ・・・、装飾作業に必要な、ありとあらゆる道具が、ドラエモンのポケットのごとくあらわれます。
たしかに、花農家でも、種類よってハサミが違います。 カーネーションの芽きりバサミでバラを切ると、たちどころに刃こぼれがします。反対に、バラの剪定バサミでカーネーションを切ると、腕がつかれて仕事になりません。テクノの学生さんは、それを使い分けているので、これだけのハサミにナイフがいるのですね。


一方、下の写真は、おなじみのぅみっ子ですぅ~。

お顔を見ていただけなくて残念でぇすぅ。。。
  

 
市場人にハサミは、切っても切れない?関係で、みんな腰にぶら下げています。

入社した際にハサミが支給されるそうです。

キク・バラ・カーネーション・草花・枝もの・・・ありとあらゆる花を毎日取り扱っている市場のハサミはこれだけ。


茎を切る・割る・たたく・針金まで切る・・・何でもこれひとつ。さすがに、融通無碍・柔軟性の花いちばの真骨頂です。


花市場では、しょっちゅう花を切っている。そんなイメージですが、営業部員が花を切っている姿は見たことがありません。どうも花いちばのハサミは、出荷ケースのPPテープを切る、ガムテープを切る・・・、そんな役割のようです。

 

2010年5月12日水曜日

5年に1度のベルギー・ゲント国際花博で審査員


①甲子園球場より広い花博会場

②世界から集まった審査員(非白人は私だけ)

③アザレアがメイン

④あいかわらず盆栽(Bonzai)は人気

⑤今回は常緑樹の展示が増えた



ベルギーという国は、日本ではあまりなじみがありません。花といえばオランダですが、ベルギーはオランダのお隣、工業国であるとともに、花の生産国です。オランダの大規模企業経営に対して、ベルギーは個人経営の花づくりで、日本人には親近感があります。



ゲントは、中世そのままの石畳が美しい観光地であるとともに、アザレアの産地です。日本ではアザレアの鉢物はあまり目にしなくなりました。アザレアと日本のサツキ・ツツジはどう違うのか。日本のサツキ・ツツジが江戸時代、シーボルトなどプラント・ハンターにより、ヨーロッパに伝えられ、改良されたのがアザレアです。ゲントでは、アザレアをアザレア・インディカ、サツキをアザレア・ヤポニカとよんでいました(植物学的には正しくはありませんが)。ですから、200年の歴史を誇るゲント国際花博は、超巨大なサツキ祭りといえます。



ゲント国際花博に審査員として参加するのは4回目です。なぜ、ベルギーの花博に参加するようになったかを説明しなくてはなりません。そもそもは、2000年に開催された淡路花博の宣伝を兼ねて、1995年に兵庫県が出展したときに、私も審査員として参加しました。それ以来、1995年、2000年、2005年と今回で4回目の参加です。毎回、イースター休暇にあわせて開かれ、今年は4月14~25日でした。国際博覧会ですから、審査員の数も膨大で、今回は36班、216人でした。地元ヨーロッパに、カナダ、オーストラリア、アメリカなどの人たちで、白人でないのは私だけす。私の2F班はフランス人2人、ドイツ人、カナダ人と審査補助の地元のアザレア農家の構成で、観葉植物を担当しました。花博会場は広大で、超巨大な体育館に、植物を植え込んだ状態です。会場の面積は甲子園球場(約4ha)より大きい4.5ha(45,000m2、13,500坪)で、入口から出口まで歩くだけで2時間かかります。



さて、はじめて参加した15年前と比べるとベルギーの花産業は大きく変化しました。



①花づくりの勢いがなくなりました。会場面積はかわっていませんが、出展の国の数が減り、ヨーロッパの花産業のかげりが感じられました。15年前はアールスメア市場などオランダが圧倒的な存在感でしたが、今回はまったく目立ちませんでした。



②一般経済にも変化が見られました。花博会場前の広大な芝生広場に巨大なIKEAが建っていました。首都ブリュッセル市内でもルイヴィトンなどの高級店にかわり、H&Mがやたら増えていました。



③これまでのしつこいほどのアザレアの割合が減りました。さすがにベルギーの人も暑苦しさを感じるようになったのでしょうか。かわって、前回はオリーブ、今回は孟宗竹に、日本ではどこにでもある常緑の雑木が増え、緑の落ち着いた雰囲気になりました。



④日本では見かけることが少なくなった観葉植物アナナナス類などが復活して、巨大なオブジェとして大量に使われていました。



⑤あいかわらず盆栽(ベルギー産、Bonzai)は人気でした。ベルギー人がイメージしたドラゴンにドラの音が響く、中国とごっちゃになった大きな日本庭園も出展されていました。日本ではイングリッシュガーデンやピーター・ラビットの庭が人気ですが、ヨーロッパでは日本庭園が憧れです。



毎回参加して思うこと。



その一 語学力の大切さ。ベルギーではオランダ語とフランス語が公用語で、ドイツ語も話し、英語も堪能です。審査もこの4か国語ですすめられ、私だけが置いてきぼりです。毎回、帰国後、英語を勉強して5年後には・・と反省するのですが、決意は夏までも続きません。



その二 せめて花の名前だけでも話せたら。世界共通の名前が学名です。今回の担当は観葉植物でしたので、日本での呼び名は学名そのままです。ベゴニア、カラテア、チランジア・・・で通じます。しかし、むつかしいのが今回大量に展示されていた日本ではどこにでもある樹木です。ツバキはカメリアですが、カシ、クスノキ、ツゲ・・・の学名は?花屋さんはフラワーデザインなどを勉強に、ヨーロッパに行く機会が多いはずです。外国人と花の名前を話すには学名が必要です。






今回も反省ばかりのゲント国際花博でした。おまけに、火山爆発でブリュッセル空港に1週間も立ち往生。日本へ帰れてよかった。


2010年5月3日月曜日

102年目の母の日と96年目の母の日

銀座ソニービル「母の日イベント 銀座に5,000本の国産カーネーション畑」(2010年4月6~11日)

                       今年の母の日は5月9日


「母の日」に、秘められた思い。
ここに一つの調査がある。

「母の日」の由来を知っていますか。

以前から知っていた・・・・29%  知らなかった・・・・71%

日本人にもなじみ深い5月第2日曜日の「母の日」。しかしその誕生に秘められた思いを知っている人は、決して多くはない。

これは朝日新聞4月30日の全面広告です。

朝日新聞は、「母の日」の由来を知っている人が29%を「決して多くはない」と書いていますが、29%もの人が知っているのはスゴイことではないでしょうか。花業界に身を置く人たちでさえ、由来を知っている人はそんなに多くはありません。その証拠に、2年前の2008年は「母の日100年」でしたが、花業界で100周年記念イベントはありませんでした。なにわ花いちばでもカーネーション担当者が、手作りの「母の日100年」ポスターを場内に張り出しただけでした。せっかくのビジネスチャンスを逃していたのです。


「母の日」の由来については、この朝日新聞記事をはじめ、いろいろ書かれています。


ここでは、月刊誌「実際園芸」1928年(昭和3年)5月号の記事をご紹介しましょう。実際園芸誌は、現在の誠文堂新光社「農耕と園芸」の前身です。


まず、1928年(昭和3年)当時には「母の日」という名称はまだなかったようです。


記事の題名は「園芸家の忘れてはならぬマザーズデーの話 恩地 剛」。英語そのままの「マザーズデー」が使われています。



「フィラデルフィア州のアンナ・ジャービス嬢は、非常に母思いの深い人であり、年々5月の第二日曜日を、その母への感謝日と定めて、母の属する協会に、母の最愛の純白色のカーネーションを装飾し、日曜学校の子供達や、自分の友人知己、協会の仲間を招いて、賛美歌「母を慕う」を合唱してもらい、来会者一同には純白のカーネーションを胸に飾ってもらうことにし、心からの感謝と愛慕をその母に捧げたのであります。これが年とともに、驚くべき勢力をもって今日の如き流行をみるにいたり、アメリカ政府は、国祭日の一つに加えたのであります。私は、やがてこの流行がわが国にも渡来し、かつ歓迎されるものと信ずるものであります。」


この記事を書いた恩地さんが願ったように、日本でもマザーズデーは「母の日」と呼ばれるようになり、一大イベントとなりました。


さて、「母の日」のひとつの起源は、1908年(明治41年)にアンナ・ジャービスさんが、日曜日の礼拝で、参列者に白いカーネーションを手渡し、亡き母をしのんだことに由来します。しかし、アンナさんはもともとたいへん信仰心が厚い方で、それ以前からお母さんに感謝することを、みんなに説いていました。ですから、あえて1908年にこだわる必要はありません。



それより、1914年(大正3年)に、ウイルソン大統領が5月の第2日曜日を国の祝日にしたことが、正式な「母の日」の起源でしょう。そうすると、2010年5月9日は、96回目の「母の日」で、「母の日100年」は、4年後の2014年(平成26年)になります。そのときには国をあげての大イベントにしましょう。

みなさん、「2014年(平成26年)母の日100年」をお忘れなく。

2010年4月2日金曜日

4・18ガーベラ記念日と花の偉大な研究者 松川時晴さん




毎日、何かの「○○の日」があるようです。

なにわ花いちばのHPでお知らせしているように、「4月18日はガーベラ記念日」(社団法人日本花き生産協会日本ガーベラ生産者機構)だそうです。「418」を「よいはな」にかけたそうです。「よいはな」なら、ガーベラに限らず、バラでもユリでも、すべての花の日やないか!、とツッコミは入りそうです。上に示した4・18のポスターをよく見ると下の方に小さな字で、「4月18日は国産ガーベラの誕生を記念して、ガーベラの日に制定」と書かれていました。昨年、場内に掲示されていたポスターには、A4サイズの小さなビラが添えられていました。


それはこのような内容です。

「昭和33年4月に、九州農業試験場研究員であった松川時晴氏がガーベラを交配して、その中から今までにない八重の新しい花が咲いているのを発見。「レインボー」、「クレオパトラ」と命名して、農林省に名称登録を申請し、受理された。このように、わが国で初めてガーベラの新品種が正式に誕生したのが4月18日である。」

なんと、松川さんはガーベラの品種改良までしていたのか!!。

元福岡県の園芸試験場研究員の松川時晴さんは、花の研究者・技術者の大先達、今日の花の栽培技術、品種改良の礎をきずかれた方です。私も公私にわたり、ご指導をいただきました。

そのご活躍は多方面です。

カーネーション生産者には、名品種「希望」、「雪化粧」などの育成者として有名です。

ユリ生産者には、現在でもテッポウユリの代表品種「ひのもと」を名称登録して、促成技術を開発したことで有名です。

輪ギクでは、「秀芳の力」のロゼットを苗冷蔵と温度管理で防いだことで知られています。

また、ユリの頭をなぜると草丈が低くなる、いわゆる「接触わい化生理」を発見しました。

農業高校の花の教科書(農文協)には、松川さんのエピソードが載っています。

「テッポウユリの球根につくネダニの防除に苦慮していた松川時晴は、昭和38年に、球根を45℃のお湯につけるとネダニが死ぬことを発見した。松川の観察眼はするどい。お湯につけた球根は、発芽が早くなり、生育が旺盛で、 病気も少なくなり、花が早く咲くことに気がついた。この温湯消毒技術はまたたくまに全国に広がった。」(執筆者は私ですが)

大阪府立大学を卒業した松川さんは、戦後の混乱が続く昭和26年、国立九州農業試験場に着任、輸出用テッポウユリ、ガーベラの品種改良を担当した。昭和33年には福岡県立農業試験場へ移り、昭和62年に退職するまで、花の研究一筋ですごされました。この間、先に述べたように数々の成果をあげ、花産業の隆盛に大きな貢献をされました。

日本有数の花産地、和歌山県御坊市の柏木征夫市長は、元は福岡県農業試験場の研究員で、松川さんの部下であった方です。

ごく一部の人しか知らなかった松川時晴さんの功績を忘れずに、4月18日をガーベラ記念日に制定されたガーベラ生産者機構のみなさま、ありがとうございます。


4月18日は、まさしくガーベラ記念日です。
もちろん、なにわ花いちばでも、ガーベラ記念日を盛り上げるべく、ガーベラの展示をしています。
担当は、営業推進部の紅一点、船越友美です。

2010年3月25日木曜日

2010年春 彼岸商戦から見えてきたもの

生産者、小売店のみなさま、花産業のみなさま、彼岸商戦、お疲れさまでした。









暖地の花生産者にとって、春の彼岸の市況は経営的、精神的に大きな影響を及ぼします。


高い重油、灯油を焚いてハウスを暖房し、ひたすら彼岸に花を咲かせることを目標に、手入れをしてきたのですから。1月、2月は売り上げよりも暖房経費のほうが多くかかっています。それだけに、彼岸の市況が低いと意気消沈で、将来が一挙に不安になってしまいます。


幸い、今年の彼岸は花屋さんのがんばりで、そこそこ花が売れたようです。産地もなんとか息をつけたといった状況でしょうか。


この彼岸商戦から、今の花産業の問題点が見えてきます。


①春の彼岸に花を咲かせる作型は、もっとも生産コスト、暖房経費がかかります。そのため、生産者は経営全体をみすえて、コストのかかる彼岸を減らし、コストがかからない春などに生産の重点をシフトする傾向があります。これは燃油高騰の対策として、行政が指導している点でもあります。

②その結果、彼岸に必要な量が供給できなくなります。国内で生産と消費が完結していた時代なら、「供給不足→価格高騰→翌年は生産過剰→暴落→」となっていました。「高値」が忘れられない、ばくち大好きの生産者にとっては面白い時代でした。

③今は安定供給が最優先です。春の彼岸、卒業式などで、決まった量の花が必要です。国内生産者が供給できなければ、供給先を世界に求めるのは当然です。国産が減った分だけ輸入が増える、「悪循環」におちいります。輸入が増えたから国産が減ったのではなく、国産が減ったから輸入が増えたのです。

④そんなことは生産者は百も承知です。作っても市況が安く、儲からないから作らない、作らないから輸入が増える、輸入が増えると単価が下がる・・・。卵が先か鶏が先かの議論になってしまいます。

⑤生産者には、高品質の花を作るDNA、匠のわざのDNAしかありません。それだからこそ、前回紹介したように、ニューヨークっ子を驚かせる、世界に通用する日本の高品質な花を作ることができるのです。大工さんにも旋盤工にも日本人にこのDNAがあるから、小国日本が世界で生きていけるのです。

⑥今必要なことは、従来からの高品質な秀2Lをめざす経営と、高品質なMクラスの花をめざす経営の分離、すみ分けです。ホームユース、家庭に飾る花はすでに定着しています。消費者がそれらを手に入れるのはスーパーマーケットや量販店ということも定着しています。「カジュアルフラワー」は「安かろう悪かろう」のイメージが強く、各方面からさんざん非難され、言葉としても、実際の花としても定着することができませんでした。その後、ユニクロの登場で、カジュアルのイメージが一挙に向上しました。

⑦カジュアルフラワーという言葉の復権と、ユニクロのように高品質なカジュアルフラワーを生産する経営、生産者、産地の登場がのぞまれます。すなわち、秀2Lをめざしたけれど、手入れ、ハウス環境がうまくいかずにMになったMではなく、Mをめざした高品質なMの生産です。これが今求められるカジュアルな花です。そのためには、品目ごとにカジュアルな花の高品質とはどんな品質かの定義、目標が必要です。その品質目標(当然、坪当たりの収量目標も)に向けた栽培技術を組み立てることが緊急の課題です。