2010年8月20日金曜日

もうやめませんか「オランダでは・・・」







オランダからは多くのことを学びました。


上:バケット流通 下:市場の時計せり


野菜や果樹の人が、花業界を不思議に思っていることがあります。

それは、ふたことめには、「オランダでは・・」を繰り返すことです。

野菜や果樹の人には、この「オランダ」がわからないようです。

なぜ、アメリカでなく、ドイツでもなく、スウェーデンでもなくオランダなのか?

なぜ、地域、環境、気候、伝統文化に根ざした農業で、外国を引き合いにだすのか?

言われてみるともっともです。

なぜ、花業界では、「オランダでは・・・」が、黄門さまの印籠になっているのでしょうか。

ひとつには、野菜や果樹が国内だけで勝負できるのに対して、花はグローバル産業であるから、世界の花の中心オランダの動向を注視する必要がある、と言うこともできます。

しかし、結局のところ、明治維新以来、西洋列強に「追いつき追い越せ」が、日本人に居心地がよいポジッションなのでしょう。ある種の思考停止状態です。

いつも、お手本となる目標が欲しいのです。

オランダの前は、当然アメリカでした。

工業だけでなく、農業もアメリカは憧れでした。カリフォルニアの園芸、サンフランシスコ近郊サリナスの花づくり。

このころは、「アメリカでは・・・」、「カリフォルニアでは・・・」、「サリナスでは・・・」、「○○農園では・・・」でした。多くのアメリカの花ウォッチャーがいて、最新のデータを紹介してくれました。そのころは、「バラの適温は70°F(華氏70度)」、「植え付け間隔は3インチ×5インチ」、「収量は1平方フィート当たり何本」が、かっこよく、「収量坪に500本」などと言うのは時代遅れと指摘をされていました。ましてや有機の肥料なんて・・・。

アメリカからは多くのことを学びました。今日、日本の花生産があるのは、アメリカ式栽培方法を学んだからです。日本の花生産がはじまった100年前、英国式の軒が低く、換気が悪い温室で栽培をはじめた先駆者は、ことごとく失敗しました。冬の寒さだけを考え、夏の暑さ対策がなかったからです。英国には日本のような高温多湿がないからです。成功に導いてくれたのは、アメリカ帰りの生産者たちでした。

しかし、あれだけ目標とし、憧れであったアメリカの花生産が、南米からの輸入に対抗できず、あっけなく壊滅してしまいました。1982年(昭和57年)に、米国カーネーション協会は解散しました。わずか90年の歴史でした。日本のバラ農家が目標とした米国バラ協会も、カーネーション協会の後を追うように解散してしまいました。

1980年代後半には、世界の花生産の中心はアメリカからオランダへ移りました。そこで、ウォッチャーもアメリカからオランダに転換しました。

オランダからも多くのことを学びました。ロックウール、バケット輸送、市場の時計せりなどなど。

そのオランダも切り花生産はすでに破綻しています。

日本の花生産が1998年をピークに、右肩下がり状態になったのは、景気の影響だけではありません。もはや世界に手本とする国がないのに、生産が破綻したオランダモデルをいつまでも目標にしてきたからです。

人口1.25億人、GDP5兆ドル、花の生産者10万戸、生産面積36,000ha、切り花消費60億本、生産国であって消費国。こんな国は日本しかありません。先頭に立って、自分たちで自分たちの進む方向を決め、進んでいかなければならないのに、いつまでも世界にお手本を探し、思考停止状態に陥っていたことが、停滞の原因です。なにもかもオランダをまねようとしたことに、無理があったのです。日本人は、2番手、3番手の居心地がよく、先頭は苦手なのでしょう。世界一の長寿国は日本なのに、長寿村を探し回り、その食事や生活から長寿の秘密を探るのが日本人は好きです

花づくりは農業です。川上から川下まで多くの人がかかわっていますが、生産者以外は農業に縁がない人たちです。花は、イネやタマネギやミカンと同じで、農民が農村で作っているということを忘れていませんか。

農業は、土、気候、文化、宗教などを基盤とする産業です。温帯モンスーン地帯、小農自作農の農耕民族、神は石、木、水、山・・・森羅万象すべてに宿る多神教。この日本の農民の花づくりが進む方向は、オランダのように効率優先の狩猟民族的大規模化、重装備化ではありません。オランダですらこのやり方で破綻したのです。小農の集合体、すなわち農協共選やグループ共選で、大きな経営体になるのが日本の農業です。



1.先進国で、経済大国で、人口が1億人以上で、花農家が10万戸いて、生産国で、消費国である日本が手本にする国は世界にありません。進む方向は日本人が決めるしかありません。


2.日本の進む方向は、家族中心の、地域に根ざした経営です。家族経営が集まって、大きな生産量を確保する農協共選やグループ共選です。自信のある人は、きらりと光る個人経営をつらぬきます。


3.高い技術力による高品質生産は、農業も工業と同じです。


4.日本がオランダにかなわないのは、育種力と苗、球根生産です。まず、育種立国です。手先が器用で、観察力が鋭い日本人には、育種は得意技です。


5.「環境にやさしい」は地球人すべての目標です。農薬や化学肥料に矮小化しては本筋を見誤ります。1番の環境にやさしい花づくりは、農家が、農村で、農業を続けることです。農家が、国土、緑の環境を保全しているのです。農村の最後の砦が、花農家と畜産農家である現状では、日本の花生産が滅びると地方が滅び、国土が保全できません。


6.先進国を手本に、「追いつき追い越せ」の時代は終わりました。項目ごとに手本の国を探してくるご都合主義の手法では日本の進む方向は見えてきません。平和はスイス、福祉はスウェーデン、金融経済はアメリカ、数学はインド、花はオランダ・・・


7.「オランダでは・・・」には、ソフトバンク、犬のお父さん白戸次郎氏が、桂浜で太平洋に向かって演説する龍馬なりきり武田鉄矢に言い放った、「ふん、龍馬かぶれめ!」にならって、「それがどないしたん!」と、切り返しましょう。

2010年8月11日水曜日

反省なき業界

画像:ライト兄弟からアームストロング船長までわずか66年(Wikipedia)

お盆商戦お疲れ様でした。

猛暑の季節に、1年中でもっとも多くの花を取り扱う、人にとっても花にとっても過酷な物日がお盆です。

満足できたお盆だったでしょうか。

キクの花が遅れた、ハスの水あげが、ほおずきが、・・・

去年にも聞いたような話が・・・

お盆が終わったら、やれやれ。

次は敬老の日に彼岸、ブライダルシーズンに年末に迎春・・・、気がついたらまたお盆。

反省なき花業界。いや、反省をする余裕もない花業界。

わが国で花生産がはじまって100年、花を作る技術はどれだけ進んだでしょうか。

母の日にカーネーションが咲かない、お盆にキクがない・・・。

消費者が花を欲しいときに、花を出荷することができない。

人類がはじめて動力で空を飛んだのはライト兄弟。1903年(明治36年)のことで、花生産がはじまったのとかわらない107年前。人類はそれからわずか66年後の1969年に、アポロ11号でアームストロング船長を月に降り立たせました。その進歩の速さ。

この違いは何なのか?

それはまさしく「反省」。

行動→失敗→反省→行動→失敗→反省→・・・・・。

この繰り返しが多いほど、技術は改善され、進歩します。

残念ながら、農業は年1作、この道30年のベテランでもわずか30回の栽培経験しかありません。

栽培回数が少ないうえに反省がなければ進歩するわけはありません。

花業界は世間のお盆が終わってからが、お盆。少しの間、立ち止まって、少しの反省。

なにが問題か?対策は?



当然、「作る」が問題です。




「作れば売れる時代は終わった」といわれていますが、「売るためには作らなければならない」のです。

肝心の花がなければ、プロモーションも消費拡大もありえません。

「お天気が悪かった」は、反省ではありません。

来年になにもつながりません。

国産の花は、花屋さんに当てにされなくなっています。

「輸入が増えたから国産が減った」のではありません。

「国産が減ったから輸入が増えざるをえなかった」のです。


「咲かせたいときに咲かせる技術」は誰も教えてくれません。産地で、地元の技術者とともに作り上げるしかありません。




それが、「国産の花」が、生き続けるための第一歩です。