2009年12月9日水曜日

花いちばはこんなところです③。お詫びと訂正

 2008年10月、「花いちばはこんなところです」で、このブログははじまりました。
花いちばをこんなふうに紹介しました。

1.うるさい・・・電話のベルが鳴りひびくなか、パソコンの画面を見ながら、キーボードをたたきながら、電話で怒鳴りあっています・・・

2.いそがしい

3.いつでも誰かが働いている

4.出張が多い

なにわ花いちばで仕事をするようになってから、ほかの市場の事務所に興味をもつようになりました。

これまでは市場を訪れても、せりを見て帰るだけでしたが、今では事務所をのぞかせていただくようになりました。

それで大発見をしました。

その結果を「ぅみっ子」ふうにかきますぅ。。。

おっどろきましたぁ。。。

静かなんですぅ。。。

ほかのいちばの事務所わぁ。。。

みんなぁ~パソコンの画面をみつめてぇ だまってぇ お仕事をしているんですぅ。。。

うっるさいのわぁ なにわ花いちばだけだったんですねぇ~

・・・という訳で、ここに謹んでお詫びと訂正をさせていただきます。

ほかの市場の皆様に、大変なご迷惑をおかけしました。濡れ衣で、誤解を与えてしましました。

次のように訂正をさせていただきます。

「なにわ花いちばは、ほかの市場よりうるさい」


さて、年末恒例の役物市も終わりました。
生産者のみなさま、花店のみなさま、年末商戦本番です。

健康に留意され、ご活躍ください。

きたるべき2010年がよい年になりますように。

2009年12月1日火曜日

再び問う、「花き(卉)」の「き(卉)」は必要か?

先日、私の地元で花卉組合の総会がありました。


来賓のトップバッターは市長さん。ご祝辞、開口一番、「はなき組合総会おめでとうございます」。


この市長さんは現在2期目、元は県の幹部で、農業にくわしい方です。


花の産地の市長さんですら「花き」が「はなき」です。


こんな場合、花卉組合員はどんな態度をとればよいのでしょうか。


その一 「政治家ってみんな麻生さんみたいね」と、あきらめる。


その二 祝辞原稿に、ふりがなをつけなかった役場の担当者をせめる。


その三 「花き」をみんなに知ってもらうため、宣伝活動に力を入れる。


どれももっともですが、日本で「花き」生産がはじまって100年。100年かけても「花き」が認知してもらえないのですから、いまさら「花き」を普及しようとしても無理でしょう。


その四 誰もが知らない「花き」をやめ、単に「」にする、というのはいかがでしょうか。


まず農林水産省が率先して「花き」産業振興室という名称を「産業振興室に変えて下さい。農水省が変わると、都道府県も「花き」係は「係に、果樹「花き」課は果樹「」課に変わるでしょう。


生産者の団体、(社)日本「花き」生産協会も(社)日本「」生産協会に変えなければなりませんね。


(社)全国「」仲卸協会と、なにわ「」いちばは先見の明?

2009年11月4日水曜日

カーネーション生産200周年をめざす「なにわ花いちばカーネーション部会」の取り組み

 これまでにもお伝えしたように、日本のカーネーション生産は1909年(明治42年)にはじまりました。今年(2009年)1月の(社)日本花き生産協会カーネーション部会の生産100周年記念大会では、早々と生産200周年記念大会を2109年(平成121年)に開くことを決めました。



 その200周年にむけ、第4回なにわ花いちばカーネーション部会の研修会(10月29、30日)では役員を改選しました。部会創設以来の役員、東 康敬さん(会長 長崎 60才)、堺沢 豊さん(長野 59才)、稲垣長太郎さん(愛知 59才)、真鍋光裕さん(香川 59才)にかわり、新しい会長に久田賢太郎さん(長崎 25才)を選びました。他の4人の役員さんも30代前半の方々です。200周年記念大会に出席できる可能性がある若者たちが選ばれたのです。農業における技術の進歩はきわめてゆっくりですが、他の分野、とくに医学の進歩はめざましいものがあります。2代目の後継者、25才の久田会長は、200周年大会には3代目、4代目、5代目を引き連れて参加していただけるでしょう。




 もちろん、なにわ花いちばカーネーション部会研修会では200周年に向け、役員を改選しただけではありません。3つの分科会にわかれ、「コロンビアなどからの輸入に対抗して今、何をなすべきか?」、「生産、出荷でのこだわり」、「今後、取り組んでいきたいこと」などを話し合いました。


~さまざまな意見がでました~

・輸入を増やさないために、生産量を維持する

・苗代などの生産経費の削減

・STS処理など前処理技術の再確認し、日持ちが長い花を出荷

・消費者へのカーネーションの使い方の提案

・なにわ独自の日持ち保証規格を作っては

・生産者育種に取り組もう

・市場の部会であるから産地間で作付け品種を調整し、規格を統一しよう

・スリーブに産地名を入れる

分科会だけでは時間が足りず、懇親会でも盛り上がりました。


若い会長を先頭に、懇親会後の夜の大阪でさらに盛り上がったことはいうまでもありません。


それでも翌朝のセリ前挨拶は約1名をのぞいて全員顔をそろえ、その後、品種展示、花屋さんとの話し合い、アンケートとみなさんご活躍でした。


200周年にむかっての第一歩です。


2009年10月14日水曜日

「昼まで百合話」Miss YURI verse パネルディスカッション




5月のカーネーション「生産100年」、6月のバラ「RR-1」に引き続いて、10月9日(金)にはオリエンタルユリのプチイベントが開かれました。題して「Miss YURI verse」。説明するまでもありませんが、「ミス・ユニバース」のひっかけです。

あいにくの台風直撃で、前日のセミナーは懇談会に切り替えざるを得ませんでしたが、9日(金)の品種展示、コンテストは盛会に開催することができました。詳細はHPをご覧ください。
10時からのパネルディスカッションは、高知県、新潟県、富山県、愛媛県、大分県、長野県などから70名もが参加いただき、「昼まで百合話」(何のこっちゃ) で盛り上がりました。残念ながら、台風で新潟の生産者の方々のご参加はいただけませんでした。

パネラーをご紹介します。
産地
・JA土佐市高石花卉部 門田賢次氏
・佐賀県 松永花園 松永宏隆氏
花店
・㈱宮本生花 宮本雅行氏
・㈱十三花園 柿本博士氏
・㈱フロリスト・コロナ 上野和人氏
市場
・なにわ花いちば 久保寛史
・ 同        小川兼次

司会は宇田が務めさせて頂きました。テーマは「今のユリに“満足”ですか?」

生産者が満足できないのは、「生産費が上がっているのに市場単価が下がっている」、「1年前から球根を手配しなければならないが、売れ筋商品が見えてこない」です。

花店にはさまざまな業態があり、意見が多様で、消費者ニーズをつかみきれないことが産地の悩みです。場内仲卸の宮本生花さんは葬祭用のシベリアの安定供給、専門店の十三花園さんは巨大輪やねじれた茎などおもしろいユリ、量販店のコロナさんには1束398円の価格が優先されます。産地は高級品、高単価志向であっても、スーパーの束売りが増えている現状では、誰がホームユース用のユリを供給するかが悩ましい問題です。量販店の上野氏からは国内生産者は安売り競争におちいらず、高品質・高単価を目指すべきであるとのアドバイスをいただきましたが・・・。確かに現在高単価をとれる品目はオリエンタルユリ以外にはありません。「高嶺(たかね)の花」であるだけにスーパーでもオリエンタルユリを売りたいのでしょう。

高単価で売っていくためには消費者が品種を選べることが必要です。ところが、オリエンタルユリは生産が特定品種に集中しています。上位3品種シベリア、カサブランカ、ソルボンヌの占有率は57%です(花普及センター調べ)。バラ13%、カーネーション27%、トルコギキョウ15%と比べて特定品種に偏りすぎです。
葬祭にはシベリアさえあればよい、産地は売れる品種を作っている、シベリア、カサブランカ、ソルボンヌで何が悪いなどの意見がありました。市場や専門店は新品種の安定出荷をのぞんでいますが、球根業者は安定供給できれば新品種でないと、新品種について両者で認識が違うことが明らかになりました。また、花屋さん投票の品種コンテスト白花部門で1位になったサンベルナルドは球根生産が中止になったそうです。球根業者にはロットの問題があるようです。種子や苗と違い球根を生産しているのはオランダの「農家」です。そのため、日本の花屋さんや消費者が欲しい品種と球根供給が必ずしも一致しないという問題点があります。ここが育種、球根供給をオランダに全面的に依存しているオリエンタルユリの最大の弱点です。

今、人気の花、ダリア、トルコギキョウ、ラナンキュラス、アジサイはいずれも日本の生産者育種です。オランダにすべてを委ねる花は危険です。ユリは本来、日本原産です。日本で育種をしてこそ日本の消費者に支持されるのです。交配、実生、開花、選抜、球根養成に時間がかかるのは事実です。企業育種としてはリスクが大きいからしないというのもわからないでもありません。そのため生産者育種が必要です。かつて、テッポウユリとタカサゴユリから実生1年で開花する新テッポウユリを作り出した日本の生産者は育種が得意です。
そうでなければ、オリエンタルユリはスーパーの花束や葬祭用になり、専門店からそっぽを向かれます。品種コンテストの花はすばらしいですが、みんな同じ花型草姿です。球根業者、生産者、市場が一体となって新しい品種(タイプ)を消費者に提供していくことが必要でしょう。

会場には、球根業者の横浜植木(株) 折館氏、西尾氏、(株)山喜農園 森山氏、(株)中村農園 中村氏、(株)カド 富田氏、オニングス社 エバート氏、バンザンテン社 ハンス氏、IBC日本コーディネーター レン・オークメイド氏がご参加していただいていました。まさに、ユリ業界のオールスターの顔ぶれです。花産業はキク、バラ、カーネーション、ユリ、鉢物などお役所以上の縦割り組織ですが、ユリ業界の独特の雰囲気、結束の強さが感じられた集会でした。

結局、テーマでは「今のユリに“満足”ですか?」でしたが、司会がまずく、出席者、誰も満足できないまま不完全燃焼で終わったパネルディスカッションでした。しかしながら、このプチイベントは試行錯誤しながら確実に進化しています。次の機会にはさらに掘り下げた議論をしましょう。
なにわ花いちばでは、さらに生産者・花屋さん・消費者に満足していただけるように、新たな仕掛けを試みていきます。

パネラーの皆さま、会場の皆さまおつかれさまでした。












2009年10月10日土曜日

肥沃な大地に決別したコロンビアの花生産に未来があるか

日本のカーネーション生産100年を機に、輸入攻勢に対して反撃に出るべく、(社)日本花き生産協会カーネーション部会では星井会長を先頭に役員、青年部代表がコロンビアの花産業を視察しました。私は記録・報告書作成係として同行しました。といってもJFMA(日本フロラルマーケティング協会)の南米・米国トレンドツアー(2009.9.29~10.6)に参加しただけですが。
1国の花産業をわずか数日の視察で論評することは危険なことですが、私なりにコロンビアの花作りをある程度見切れたと思っています。

1.農業は、「太陽の光」、「気温」、「水」、「土」の4つの自然環境に「人の手」が加わって成り立っています。

2.コロンビアで花が作られている首都ボゴタ周辺は、赤道直下の高地(標高2,500m程度)です。赤道直下ですから光は豊富です。しかも1年中太陽は頭の上を東から西へ移動しています。つまり、太陽を追う植物は直立したまま、茎がまっすぐです。日本は北緯35度ですから、太陽は南に向いた顔の前を通ります。そのため、日本の切り花は茎が弓なりに曲がり、表と裏ができます。これを生かしたのが床の間に飾る生け花です。コロンビアの切り花には表、裏がありません。360度観賞するフラワーデザインに適していますが、趣(おもむき)がないともいえます。月平均気温は毎月14.5℃、つまり1年中大阪の4月の気温です。

3.雨量は1,000mmで、大阪の1,400mmに比べると少ないですが、オランダの765mmよりは多い。

4.土は関東ローム層黒ボクに似ており、水はけがよく、耕土が深く、肥沃そうです。

5.しかし、カーネーション栽培では隔離ベンチ栽培、しかも土の厚さ10cm程度で、日本でいうところの「少量培地耕」です。用土はなんと「もみがらくんたん」(コロンビアにも稲作があるそうです)に、たい肥混入。土は毎作入れ換えです(画像参照)。

図1 もみがらくんたん少量培地耕



図2 少量培地耕定植前



図3 労働者による土出し作業



図4 土とカーネーション株を搬出



6.なぜ肥沃な大地で土耕をしないのでしょうか。7年ぐらい前から「隔離ベンチ栽培」に変わったそうです。それは立ち枯れ性病害の被害から逃れるためです。涼しい国ですので、病原菌はバクテリアのPseudomonasではなく、オランダと同じカビであるFusarium oxysporumでしょう。いわゆる連作障害です。なぜ、短期間で連作障害がでたのでしょうか。私なりに考察してみました。

①生産規模が大きすぎ、コストがかかり、さらに完全消毒は不可能なので土壌消毒ができない。

②各種認証取得が自縛となって土壌消毒を採用できない。

③エコのために、ハウスの屋根に降った雨をハウス周辺の水路に流し、回収している。雨だけなら問題がないが、ハウス土壌からしみでた水まで水路に流れるので病原菌が混入する。病原菌は水を少々殺菌しても退治できない。退治できるほど殺菌すると、強力な殺菌が必要になり、コストがかかるうえ、環境にやさしい認証に反する。

④苗は母株を買い、ロイヤリティを払って増殖をしている。この自園での苗生産の過程で病原菌に汚染。生産規模が大きくなるほど感染の危険性が高まる。

7.さて、コロンビアでの「もみがらくんたん・少量培地耕」は成功するでしょうか。無理です。少量培地耕はとことんやり尽くしたオランダなど先進国の最終一歩手前の農業システムです。気候と土壌に恵まれた発展途上国の農業ではありません。もうすでに行き詰まりつつある兆候が現れています。 立ち枯れ性病害の発生とわずかな土(しかももみがらくんたん)で゙1.5年~2年栽培するため株の衰弱です。

8.ではなぜ、コロンビアの花作りは肥沃な大地を捨て、リスクが高い「もみがらくんたん・少量培地耕」に追い込まれたのでしょうか。しかも1農園だけでなく視察をした全農園すべてがです。

①農耕民族農業と狩猟民族農業の哲学のちがいです。農耕民族である日本の農業は「持続」農業です。先祖伝来の限られた土地を「一所懸命」守り、作物を収穫しつづけます。2,000年間かわらずに稲を作ってきました。狩猟民族農業は「収奪」です。獲れるだけ獲って次の土地へ移動する農業です。

②独立した企業が経営する農園でありながら、なぜ、どの農場も同じ「もみがらくんたん・少量培地耕」なのでしょうか。コロンビアには営業、財務、労務などのスペシャリストはいても栽培のスペシャリストがいないのではないでしょうか。そのため、栽培を機械的にとらえ、ひとつの成功(するらしい)マニュアルがあればすべての農園に適応できると考えたのでしょう。まさしくリーマンブラザーズやGMの破綻で露呈した「ものづくり」軽視です。財務や金融はパソコンの前に座るだけで膨大な仕事ができますが、栽培技術者は自分の目で見られる範囲に限られます。技術者養成に年月がかかります。管理できる面積もわずかです(日本人なら0.5haが限度)。

9.どの農場も同じ栽培システムであることは品質が統一され、コロンビアの強みにはなっています。反対に日本は自立した考える小農の集団ですので、品質の統一が苦手です。

10.コロンビアの花作りの終焉が近いからといって、日本の生産者がハッピーになれるわけではありません。企業家はもっと季候が良く、労賃が安い国へ移って花を作り、輸出をするだけですから。 国内花生産は腰を据え、戦略を打ち立てなければなりません。


では、会長以下、役員、青年部代表がコロンビアの花産業を視察した(社)日本花き生産協会カーネーション部会は、生産200周年の2109年に向け、何をしなければならないか・・・。2009年10月3日(土)深夜(現地時間)、ボゴタのホテルの一室で策を練りました。この日のことは日本カーネーション生産200年史(2109年発刊予定)に記録されるはずです。

その戦略は来年1月のカーネーション大会で報告します。


       (社)日本花き生産協会カーネーション部会 コロンビア調査団

 維新前夜の志士のごとき面構え、決意の眼差しを見よ(ボゴタのホテルの一室にて)

2009年9月9日水曜日

花の消費拡大は選挙運動②イメージ選挙



前回は、花の消費拡大は「どぶ板選挙」で、と述べました。


花業界は、花を買ったことがない6割の世帯に対してさまざまな働きかけをしてきましたが、まったく成果があがっていません。花を買う世帯は20年間、4割のままです。そこで、6割の無党派層はあきらめて、4割の固い支持者をターゲットに具体的な営業活動、どぶ板選挙をしましょうというのが主旨でした。


では、どぶ板選挙で花産業の将来は安泰かというとそうではありません。4割の支持者は高齢化が進んでいます。仏壇のない家庭も増えています。このままではジリ貧になることは間違いがありません。


6割の無党派層に切り込んで、花に対する支持を拡大することを、どぶ板選挙と並行して取り組まなければなりません。


その基盤が整いつつあります。花関連団体が資金を出し合い消費宣伝をする取り組み、いわゆる1/1000構想です。「総論賛成各論反対」で、夢の話でしかなかった構想が現実になりました。


さて、花産業のみんなが出し合った基金でどんな活動をすれば、消費が伸びるのでしょうか。


これまで花産業が消費拡大に何もしなかったわけではありません。花屋さんの花キューピットや生産者の日本切りバラ協会は積極的なイメージ選挙活動を展開してきました。


このたびの総選挙では民主党が政権交代の風を吹かせました。花消費拡大にはどうすれば風を吹かせられるでしょうか。
これまでは、さまざまな縦割り組織が、それぞれで消費拡大活動をしていたため、思うような風を吹かせられませんでした。このたびは花関連団体みんなが参加する横割りの組織が資金を出し合い、消費宣伝をします。
こんどこそ風を吹かせられるでしょう。



2009年8月20日木曜日

花の消費拡大は選挙運動




花が売れない。

花をもっと買っていただくには。

花の消費拡大は、まさに選挙運動です。

消費拡大も選挙にも2つの方法があります(図参照)。

「イメージ選挙」と「どぶ板選挙」です。

統計では、切り花を買ったことがある世帯は4割(鉢物は3割)、買ったことがない世帯が6割(鉢物は7割)です。

花を買ったことがない6割の世帯に、花を買っていただければ一挙に消費が増えます。

この6割の世帯は選挙でいうところの無党派層です。

無党派層に投票していただくためには、イメージ選挙です。前回の郵政解散のように「風」を吹かせれば大きな票を獲得することができます。

しかし、風を吹かせることができなければ、「のれんに腕おし、ぬかに釘」になります。

「イベントで花束を配る」、「ポスターを作る」などはイメージ選挙です。


これまで、花産業はさんざんイメージ選挙で戦ってきました。

その結果はどうでしょうか。どれだけ票を獲得したでしょうか。

「皆無」です。「惨敗」です。

20年、イメージ選挙を戦っても花を買ったことがない世帯は、あいかわらず6割のままです。

そこで、6割の無党派層は手強いと総括できます。


それならば、6割の無党派層はとりあえずは相手にせず、すでに花を買っていただいている4割のお客さまにもっと花を買っていただく活動をしたほうが票は増えるのではないでしょうか。

この4割の方々は、昔からの花の固い支持者です。

さて、この固い支持者に確実に投票所に足を運んで、票を入れていただくためには何が必要でしょうか。1軒1軒路地裏をまわり、一人一人手を握り、名刺をわたす、名前、顔を覚えていただく・・・、どぶ板選挙です。


花業界は、支持者をつなぎ止めておく「どぶ板選挙」をわすれ、雲をつかむような、かっこいいだけの「イメージ選挙」にかまけていませんでしたか。


では、生産者にとっての「どぶ板選挙」とは何でしょうか。

4割の支持者に花を売っている花屋さんの要望を聞くことです。

いつ、どんな品質の、どんな花が欲しいかを聞き、それに基づいた生産をすることです。

また、自分たちに何ができるか、どんな商品を持っているかをお知らせすることです。

その前に、自分たちの支持者は誰か、あるいは自分たちは誰のために働きたいか(花を売りたいか)を決めることです。

国民全体に貢献する・・・、かっこいいけど不可能です。そのために多くの政党(産地)があるのです。


儲からなくなった花産業、抽象的で、ぼんやりしたイメージで選挙をする余裕などありません。すぐに儲けに結びつく具体的な選挙(営業)活動でなければなりません。

花屋さんと産地の仲立ちするのが市場の役割です。
生産者-市場-花屋さん連携による票の掘り起こしが急務です。


「イメージ選挙」は無駄か、そうではありません。

「どぶ板選挙」では当面はしのげても、いずれはじり貧です。


「イメージ選挙」については次回説明します。


2009年8月2日日曜日

(社)日本花き生産協会カーネーション部会星井栄仁会長の受賞と生産協の役割

授賞式での星井ご夫妻、マイクは発起人の岡内正明前カーネーション部会長





(社)日本花き生産協会カーネーション部会星井栄仁会長が黄綬褒章を受章されました。カーネーション生産100周年の年に、全国のカーネーション生産者の代表である星井会長が受賞されたことは、日本の花産業にとって、うれしい出来事です。これで、国産カーネーションの反転攻勢が勢いづきます。



喜びの一方で、(社)日本花き生産協会は花生産者の中央組織としての存在意義が問われています。協会は、都道府県の花き協会単位で加盟する、生産者にとって唯一の全国組織です。この協会から退会する県が出始め、すでに6県に及んでいます。

この状況を、岐阜大学の福井教授は、ご自身のホームページ(http://www1.gifu-u.ac.jp/~fukui/index.htm)で、「日本花き生産協会の危機」としてまとめられています。



福井教授は、協会が求心力を失った原因として・・・

①時代の変化に対応せず、右肩上がりの時代のやり方をズルズルと継続してきた。

②協会の役割である全国組織のメリットを的確に花き生産者に提供することを怠ってきたこと。

と述べられています。



さて、(社)日本花き生産協会7部会のひとつであるカーネーション部会が、全国の生産者に提供する具体的な役割は何でしょうか。


そのひとつは苗価格の問題です。カーネーション部会では、高い苗代とロイヤリティの支払いが経営を苦しめています。この問題を個人や産地で種苗会社と話し合っても取り合ってもらえません。

そこでカーネーション部会は、ヨーロッパの種苗業者から苗を直接、共同購入することを決断しました。1995年10月に、当時の大貫栄一会長を先頭に、役員さんがオランダ、ドイツの種苗会社6社を訪問し、苗の直接購入を交渉しました。交渉ごとに縁のない生産者が、欧州の海千山千の業者相手に交渉をつづけ、なんとかM.レック社と契約することができました。この交渉をサポートしたのが、カーネーション苗には縁がなかった草野産業でした。その後、M.レック社はバルブレ社に買収され、バルブレは日本のキリンに買収され・・・。弱肉強食の企業論理に翻弄はされましたが、生産者に安い苗を供給するという大きな成果をあげることができました。



ロイヤリティの問題は手つかずで残されています。カーネーションのロイヤリティは何が問題か?



①新品種育成者の権利保護は当然である。苗を買うときに、苗代とは別に、育成者にはロイヤリティ(現在は苗1株に8~10円)を払うことには両者、納得している(ロイヤリティの価格は別にして)。

②新品種を育成した権利が認められる前提は、種苗法に基づく「品種登録」の申請、および登録である。

③品種登録して権利が認められる期間は25年であるが、品種登録が失効した後もロイヤリティの支払いが求められている。

④品種登録をしていない品種でもロイヤリティの支払いが求められている。


③④は種苗法と種苗法の「品種改良により農業の発展をはかる」という理念に違反している。

この問題は、個々の生産者、産地では対応できない。まさしく、わが国のカーネーション生産者の中央組織である(社)日本花き生産協会カーネーション部会が、行政の援助を得て、種苗会社と話し合い、解決しなければならないテーマである。そのためには、全国のカーネーション生産者の(社)日本花き生産協会への結集が大前提です。


全国の花生産者のみなさま、汗をかかなければ果実を得ることはできません。



2009年7月1日水曜日

日本列島「ボト」注意報

梅雨真っ盛りは「ボト」の季節です。

「ボト」は、かびの一種ボトリチス・シネレア(Botrytis cinerea)を縮めた業界用語です。

病原菌がかびである「ボトリチス・シネレア」菌、病気の名前は「灰色かび病」です。

褐色に変色した花びらや葉から、症状が進むと灰色のかびが生えてきます。

それで灰色かび病と名付けられました。

                   生け花中に発生したバラのボト


                 生け花中に花首に発生したトルコギキョウのボト

                  入荷時にボトが発生していたカーネーション
                     葉にボトが発生したデルフィニウム


このボトリチス・シネレア菌による灰色かび病の特徴は次のとおりです。

1.あらゆる作物のやっかいな病気で、どの花も感染します。

2.食べ物が腐るときに生えてくるかびと同じ仲間です。

3.多湿、特に梅雨や秋の長雨時期の高温多湿が大好きです。

4.夏の高温や乾燥環境では発生しません。

5.他の病気はハウス内や圃場で発生するだけで、生産者が農薬散布など適正な対策をとれば防げますが、ボトリチスは水あげする冷蔵庫内、輸送中、生け花中にも発生します。

出荷時にはきれいでも、花店、消費者の手に渡ってからかびが生えてくることもあります。



次のような対策をしてください。

1.ハウス内の除湿、乾燥。家庭でのエアコンが湿度を下げるように、ヒートポンプによる冷房は湿度を下げ、ボトの発生を抑えます。

2.換気、温風機による送風。

3.もちろんこまめな殺菌剤の散布。

4.5℃程度の冷蔵庫内でもボトは繁殖します。庫内のかべ、吹き出し口などをアルコールで消毒。

5.輸送中にケース内の湿度が高くならないように穴を追加する。この時期だけスリーブを使わない。

6.花に水滴が着いた状態で箱詰めしない。

7.花屋さんのキーパー、冷蔵庫にもボトリチス菌が蔓延しています。

8.店先ではおけに花を詰め込みすぎないように。

2009年6月29日月曜日

「近藤でございます」の近藤さんとニューヨークでご活躍のデザイナー立川亜矢子さん


左:「近藤でございます」の近藤和博さん、中央:立川亜矢子さん、右:しまらない赤い顔の宇田

横浜植木(株)第16回花の展示・検討会(2009.6.19) 

 このブログを開設するときに、目標としたのは京都生花の名物ブログ「近藤でございます」でした。その近藤和博さんにようやくお会いすることができました。横浜植木(株)の第16回花の展示・検討会(2009年6月19日)においてです。私のつたない講演と大田花き 藤田章治さんとのパネルディスカッションの後のお楽しみ 懇親会の席で楽しくビールを酌み交わし、意気投合しました。そのときお隣の席におられたのがフラワーデザイナーの立川亜矢子さんでした。

 近藤さんは京都生花の営業部長で、業界では有名な方です。洒脱な文章と、的確な写真は多くのファンを魅了しています。翌日の6月20日にはこのときの様子が京都生花HPに公開されていました。京都生花は仕事が速い! 当ブログとあわせてご覧いただくと、横浜植木自慢の豪華絢爛オリエンタルユリ、LAユリの展示・検討会がよくわかります。

 立川亜矢子さんは大阪府交野市にお住まいで、ニューヨークでご活躍の国際フラワーデザイナーです。うれしいことに、立川さんが川お使いの花は、なにわ花いちばでお買いあげいただいています。

立川さんの業績のひとつが花卉園芸新聞2009年6月15日号でカラー写真入りで紹介されています。「トップデザイナー競演 NYで豪華FD展 立川亜矢子氏が力作」日本産ユリを主役の作品です。


下の画像は立川さんの著書「世界が私の花舞台」カナリア書房です。掲載の写真もご自分で撮影されたそうです。本の帯にあるように、まさしく「彼女のパワフルな生き方に続け!」です。




  出会いの場を設定していただいた横浜植木(株)の渡邊社長さんに感謝いたします。

 さて、私の講演の内容を簡単に紹介すると下記の通りです。 いつもどおり、賛否うずまくおさわがせの内容です。

 「お客さまが誰かを知ろう」

1.今、儲けるために
 花産業は縮小し続けている。未来を語ることが崇高で、目先の儲けを追求することは卑しいことではない。今が儲からないと花産業に明日はない。今を儲け、明日につなげるためには何をすべきか。
(1)花産業の常識を疑おう
①業務用需要が減ってホームユースが本当に伸びているのか?
ホームユースは伸びてはいない。「高嶺の花」、「憧れの花」である花の価値を失っては消費は伸びない
②何でもオランダが手本か?
地域に土着した日本的家族経営が日本の進むべき道である
③生産者は生産物の値段を自分で決められないのか?
オンリーワン、あるいは圧倒的な販売力を誇る花、信頼されている産地、生産者ならば希望価格で売ることができる(はず)
(2)花の消費者は誰?
①花の消費者は花屋さん
花の消費者は繁華街を歩いている人ではなく、花屋さん
②花屋さんに儲けていただかねば
生産者が儲かるためには花屋さんに儲けていただき、モノの流れをよくしなければならない
③花屋さんが欲しい花を欲しい時期に
花屋さんがなにをのぞんでいるかを知ろう
④花屋さんが買いやすいように売りやすいように
花はイメージ。花屋さんがイメージを売りやすいような品質、品種、付加価値、情報を提供しよう。

花屋さんはお客さま(エンドユーザー)に正しい品種名、産地名、取扱方法などの情報を説明しよう。
⑤花屋さんに対する具体的な営業活動
種苗会社-生産者-市場-花店の連携による具体的な企画商品としての花を売っていこう
2.ユリはどう儲けるのか
(1)景気さえ回復すれば・・・
今まではそれでやってこれたが・・・
(2)花は見られて飽きられる
個人出荷の生産者は率先して目新しさ、珍しさを提供しよう
(3)ユリの育種力ゼロ
育種なくして活力なし。育種は楽しみ、宝くじ、生産者育種にチャレンジしよう。
(4)品種の囲い込み
クセがある新品種を特定の個人、産地および市場に限定し、希少品としての価値を保持しよう
(5)生産者のDNAには高品質高単価しかない
オリエンタルユリは「憧れ」「夢」を売る花である。安売りは似合わない。
(6)花屋さんにはいろんなタイプがある
生産者としては「憧れ」「夢」を提供することが本来の役目であるが、ユリをホームユースとして売りたい花屋さんもある
(7)ホームユース生産には最高級の経営・栽培技術がいる
ホームユース生産には経営力と強い意志がいる
(8)営業なくしてホームユースなし
ユリのホームユースでの品質目標、10アール当たり販売量、希望単価、そのための栽培技術を明確に
3.花作りは農業である
花作りは農業で、地域の環境、気候に左右される。
地域環境にあった日本的家族経営をめざそう。
農業は金儲けだけの産業でもない。
花作りは地方、農村を護る最後の砦でもある。

2009年6月15日月曜日

花屋さんのこだわり赤バラ品種~RR-1結果~

先にお知らせしたように「赤バラ品種グランプリ、RR-1」が6月8日(月)に開催されました。生産者のみなさま方から自慢の赤バラ47品種を出品していただきました。花屋さんにはせり前、せり後にお気に入り品種に投票していただきました。その様子および投票結果はなにわ花いちばHPでご覧いただけます。

212名の花屋さん(男性166名、女性46名)が選んだお気に入りの赤バラは、1位サムライ2008、2位レッドスター、3位レッドフランスでした。このグランプリからいろんなことがわかります。

1.グランプリの順位は市場への入荷量とはまったく関係がない。スタンダード赤バラでは年間入荷量の46%(6月だけでは60%)がローテローゼですが、グランプリでは10位でした。

2.現在の入荷量は少ないが花屋さんから大きな支持をいただいた品種があります。1位のサムライ2008、2位のレッドフランス、4位のロッソクラシコ、5位のレッドイントゥ-ション、6位のティントです。

3.上位に入賞はしませんでしたが、一人だけの花屋さんが最高点をつけた品種が10品種もありました。つまり、特定の花屋さんから熱烈に支持された品種、その花屋さんこだわりの赤バラです。たくさんの品種があることがバラ産業の活力で、特定の花屋さんがこだわる品種はとても大事です。

「花は見られて飽きられる」は花の宿命です。つねに目新しさを提供し続けねばなりません。万人受け品種とちょっとこだわり品種の両方が必要です。

多くの示唆に富んだRR-1でした。くわしい結果がお知りになりたい方は担当にご連絡下さい。

2009年6月3日水曜日

花屋さんに儲けていただかなければ~RR-1グランプリを開催します~

生産者は、花市場のことを悪代官、花屋は悪徳商人と考えていいます。
貧しい農民から1割の年貢を搾り取る悪代官、農民の汗と涙の結晶である花を安値で買いたたく越後屋。
「越後屋、そちもワルよのう」
「何をおっしゃいます、お代官さまこそ・・・」
「うっひひひ・・・」
チャララ~ン
ひゅっ
必殺仕事人登場。

ちょっと待ってください。
生産者、市場、花屋はかたき同士ではありません。ともに「花産業丸」に乗っている一蓮托生の仲間です。
生産者が作った花を売る、使う、のは花屋さんです。花がよく売れて、花屋さんが儲かってこそ、また次ぎに仕入れていただけるのです。
生産者を川上(かわかみ)、花屋さんを川下(かわしも)に例えられますが、川上から川下まで、川幅が広く、大量の水が流れてこそ生産者が儲かるのです。
今、生産者が苦しいのは川上から大量の水が流れでているのに、川下の川幅が狭まり、流れが悪くなっているからです。市場は川中のダムで、川上、川下の水量を調整するとともに、川幅をも広げようとしています。
生産者-市場-花店が一体となって、川幅を広げ、水が流れるように具体的なを取り組みをしましょう。

そのひとつが、5月のカーネーション生産100年のイベントでした。花屋さんに、今年は日本でカーネーションが作られるようになって100年の記念の年であるということを知っていただきました。花屋さんはそのことをお客さんに伝え、カーネーションを売っていただきました。同時に、(社)日本花き生産協会カーネーション部会が作った、花を買って帰った後の取扱のパンフレットも配っていただきました。

6月は、今出荷されている40品種のスタンダード赤バラのナンバーワンを選びます。名付けてRR-1グランプリ(レッドローズワングランプリ)です。しかし、なにわ花いちば社員のネーミング能力はこのブログ名も含め、すごいですね。ついに「RR-1」が登場しました。



花屋さんにスタンダード赤バラだけでもこんなに多くの品種があること、そこからお好みの品種を選んでいただき、その思い入れの品種を売っていただく、そんなイベントです。花屋さんがバラにどんなこだわりをもっているか、生産者の方々も目で見て確かめてください。みんなで汗をかきましょう。

2009年5月19日火曜日

母の日、お疲れさまでした

母の日が終わりました。

思ったような単価がとれなかった生産者、善戦した生産者・・・悲喜こもごもの年中行事でした。
花屋さんも苦戦されたようです。

「不安の時代」、消費者はなかなか財布のひもをゆるめてくれません。しかし、今年は例年になく、業界の活動が活発でした。不況の時代だからできることは何でもやってみようと強い思いのあらわれでしょう。本来、花業界は危機には強いのです。

なにわ花いちばでは、ホームページでご覧いただいたように、5月1日にカーネーション生産100年イベントを開催しました。生産者の方々も母の日を盛り上げるために、さまざまな取り組みをされました。

(社)日本花き生産協会カーネーション部会では、切り花の水あげと毎日のお手入れのパンフレット「お花を買って帰ったら」を10万部作り、花屋さんに配りました。花屋さんから花を買っていただいたお客さまに配っていただきました。


※切り花の水あげパンフレット
((社)日本花き生産協会カーネーション部会作成) 




(社)日本花き生産協会カーネーション部会青年部では、生産者だけでなく、花屋さんにも使っていただけるように、シールを作りました。


※「カーネーション生産100年シール」
((社)日本花き生産協会カーネーション部会青年部作成)


「カーネーション生産100周年」シールですので、暖地産地から高冷地産地に引き継がれて今年中、目にすることができます。

これらの活動は、母の日の売上げ増に直接には結びつきませんでしたが、次の飛躍への第一歩になったことはまちがいありません。

「夜明けは近い」

生産者のみなさま、花屋さん、お疲れさまでした。

2009年4月27日月曜日

カーネーション-愛され続けて100年

明治42年(1909年)、米国シアトルから帰国した澤田が、東京中野に小さな木造温室を建て、カーネーションの栽培をはじめました。これがわが国のカーネーション生産のはじまりで、今年で100年になります。さらに、これが日本の本格的な花生産のはじまりでもあります。

残念ながら、澤田はうまくカーネーションを作ることができず、志半ばで明治45年(1912年)亡くなりました。

澤田の後、日本のカーネーションを発展させ、「カーネーションの父」とよばれたのが土倉(どぐら)龍次郎です。土倉の人生は波瀾万丈です。

奈良県吉野の「日本の山林王」土倉庄三郎の次男として生まれ、25才のとき日清戦争後日本が領有した台湾に渡ります。先住民族の抵抗にあいながら1万町歩の植林を進めるとともに、台湾初の水力発電会社を設立しました。現在でも龍次郎は「台湾の林業・水力発電の先駆者」として歴史に名を残しています。

しかし、吉野の土倉家本家の財政が傾き始めたため、台湾の事業を財閥三井に譲り、帰国します。

明治43年(1910年)、東京目黒に温室を建て、菜花園と称し、カーネーション栽培を始めました。カーネーションの苗は駐米全権大使夫人であった妹、政子、横浜正金銀行シアトル支店長であった弟、四郎から送ってもらいました。

しかし、林業家、実業家がなぜカーネーション栽培をはじめたのでしょうか。

ひとつの理由は、当時の温室経営は今でいうところのベンチャー企業、IT企業で、最先端の事業であったからと推測できます。

そのため、明治末から大正時代に温室を経営し、カーネーション、バラ、メロン、トマトを栽培していたのは、農家ではなく、伯爵や子爵、実業家、アメリカ帰り、あるいは一旗揚げたい血気盛んな青年たちでした。かれらは多摩川左岸、調布村に温室を建てました。その地は玉川温室村と称せられ、、最盛期昭和10年ころには1万5千坪の東洋一の温室団地でした。

現在、温室村があった地帯の地名は、東京都大田区田園調布、日本一の高級住宅地です。

土倉龍次郎もカーネーション温室を経営しただけではありません。「初恋の味」でおなじみのカルピス社の設立に参加しています。戦後、長男富士男は社長をつとめました。下にあるのはカルピス社、社長室に掲げられていた土倉龍次郎の肖像画です。

澤田や土倉以後今日まで100年間に8,000人(戸)が、最も国民に愛された花としてカーネーションを作り続けてきました。

生産100年、もう一度カーネーションを見直してみてください。

母の日、5月10日はもうすぐです。

                      カーネーションの父 土倉龍次郎














2009年3月31日火曜日

花いちばはこんなところです②この男・・・

















この男、あやしいモノではありません。


そのスジの人でもありません。


貞松幸二(37才)。


れっきとした(株)なにわ花いちばの社員です。


しかもコンピュタの達人、HPの作成、管理者です。


キダ・タロー先生が「なにわのモーツアルト」だとすると、貞松は「なにわ花いちばのビル・ゲイツ」でしょうか。


花いちば社員のイメージは、せり台に立ち、声をはりあげ(時計せりにもかかわらず)、生産者、花屋さんに電話をかけ、産地での総会、研修会におじゃまをする、です。


そんな社員は営業推進部(奥田芳彦部長)に属しています。


生産者、花屋さん、おなじみの面々です。


花いちばにはせりに顔を見せない部署があります。


そのひとつが貞松らの営業開発部(大西常裕部長)です。


その仕事は、私も十分にはわかっていませんが、花を販売するというよりは
どうやったら花が売れるのか、花の普及など幅広く何でも出来る部署です。




web販売が増えている現在、花いちばでのコンピュタの重要性は確実に高まっています。


外からはわかりにくい存在ですが、貞松のようなコンピュタの達人たちの縁の下の力持ち集団は、現在の流通を支えるのに不可欠の人材です。


なにわ花いちばのHPをご覧になるたびに、貞松の顔を思い浮かべてください。


うーん、それは逆効果でイメージダウン?

2009年3月2日月曜日

NaniwaFEX2009セミナー②花屋さん向け

NaniwaFEX2009(2月13~14日)にご参加ありがとうございました。

両日の午前中には前回お知らせしたように、生産者のみなさまむけのセミナーを開きました。

今回は、両日の午後に開いた花屋さんむけのセミナーの内容をお知らせします。





























テーマ

“切り花の寿命を縮める5つの要因と対策”


5つの要因

1 エチレン
エチレン(C2H4)はポリエチレンやプラスチックなど石油製品の原料ですが、植物には老化を早める働きがあります。

①植物体内で作られるエチレン
植物の老化ホルモンであるエチレンは、植物の体内でアミノ酸の一種であるメチオニンから作られます。

②空気中のエチレン
車の排気ガス、石油ストーブの排ガス、タバコの煙にはエチレンが含まれています。


2 バクテリア(細菌)による水あげ不良
バクテリアが水を吸い上げる管である道管(どうかん)を詰まらせると切り花は萎れます。


3 高温による消耗
高温ほど切り花の呼吸量が多くなり、体内の栄養分を消耗してしまいます。


4 空気中のかび(ボトリチス)
湿度が高いと花びら、葉に、かびの種類であるボトリチスが付着し、斑点がつき、褐変します。


5 生け花環境の不良
①高温②乾燥
③直射日光
④連続照明
⑤風
⑥空気中のエチレン
切り花は夜(暗黒)に眠り、疲れ(萎れ)を回復します。つねに照明が当たっている場所では萎れを回復する時間が少ないので日持ちが短くなります。


6 対策
●後処理剤(クリザール、美咲、美ターナルなど)を使いましょう。
●「後処理剤に勝る日持ち延長技術なし」です。
●市販の後処理の成分は、抗菌剤+砂糖+界面活性剤です。
●抗菌剤:花びん、バケットの水のバクテリア(細菌)の増殖を抑え、水の腐敗を防ぎます。
●砂糖:切り花の栄養分です。つぼみが完全に開き、花が大きく、花色が鮮やかになります。
●界面活性剤:洗剤の成分で、水あげが良くなります。


後処理剤を使うと花びんの水が腐るのを防ぎますので、水換えが不要になり、日持ちが延びます。
花屋さん自身が後処理剤を使うだけでなく、消費者にも後処理剤を薦めましょう。

2009年2月15日日曜日

NaniwaFEX2009セミナー①生産者向け

NaniwaFEX2009(2月13~14日)に大勢のみなさまのご来場ありがとうございました。
たくさんの方々がセミナーに参加していただきました。
















両日の午前中に開いた生産者のみなさま向けのセミナー内容をお知らせします。

元気な産地作り

ピンチをチャンスにかえる7つのポイント


ポイント1 お客様は誰かを知ろう

      ①花の消費は多様

      ②花の消費者は花屋さん

      ③どんな花屋さんがあなたの花を買っていますか


ポイント2 お客様の要望にあわせた花を提供しよう

      ①花屋さんの意見、要望を聞く

      ②目標とする品質は

      ③目標とする品質にあわせた栽培技術

      ④NaniwaFEXの活用


ポイント3 選別は厳しく

      ①栽培と選別で品質向上

      ②ネット販売は信用で成り立つ

      ③センチ表示


ポイント4 新鮮・長持ち切り花を提供しよう

      ①「鮮度」とは見かけのみずみずしさ

      ②花の鮮度は回復可能、野菜は一方通行

      ③ウリは日持ちの長い花

      ④市場の公認日持ち検査室(担当 高橋史昌)を活用しよう 


ポイント5 栽培履歴をつけよう

      ①安全・安心

      ②花でも原産地表示

      ③産地共通の栽培履歴ノート

      ④栽培履歴ノートの活用


ポイント6 情報も商品です

      ①情報発信で差別化

      ②産地と市場で企画商品を


ポイント7 オランダの模倣でない日本的経営をめざそう

      ①オランダ型花作りの行き詰まり

      ②古くて新しい日本型経営

      ③花作りで地域を護る


番外 地元の技術者を活用しよう 


次回は花屋さん向けのセミナー「切り花の寿命を縮める5つの要因と対策」の内容をお知らせします。

2009年2月6日金曜日

NaniwaFEXで何がピンチかを講演します

前回、前々回には「ピンチがチャンス」について説明しました。


さて、そもそも花生産者にとって何がピンチでしょうか。


経済不況、不景気はいつかは回復します。

本当のピンチは、①花作り100年を経過し、組織的・構造的な「疲労」、

②不況が回復しても国産の花が売れるようになるとは限らない、ということです。

 イギリスは驚異的に花の消費が増えました。しかし、それは輸入が増えただけで、イギリスの花はかえって衰退してしまいました。


では、産地では何をすべきか、NaniwaFEXではそのことをお話します。

また、花屋さんむけの「鮮度保持技術」の講演もあります。


くわしくは下記のポスターをご覧ください。


2009年1月22日木曜日

ピンチがチャンス②

前回、花産業は震災、金融恐慌、戦争など危機の時に大きく飛躍してきたことを説明しました。


ではこの度の経済不況によるピンチをどのようにして乗り切り、飛躍するか7つのポイントを紹介します。


1 解説、評論ではなく、できることから実行 

花の生産者、花屋さん、そして花市場で働く人々は、解説者、評論家ではありません。グラウンドでプレーしている現役のプレイヤーです。「消費を拡大する」、「高品質な花を作る」、「消費者ニーズにあった生産」などと言ってすませるのは解説者。プレイヤーはそれらを実現するために、具体的に行動しなければなりません。


2 花の消費者は誰?

野菜の消費者は国民そのものです。家庭で料理をして食べるか、レストランか、コンビニ弁当かの違いだけで、最終的には国民の胃袋に納まります。

花の消費は多様です。食卓の一輪のバラ、仏壇やお墓の花、記念日の贈り物、ホテルのロビー、結婚式場などさまざまです。産地の販売促進、消費拡大の活動が思ったほど成功しないのは、行政の人たちが花の消費者を野菜と同じと考えているからです。

生産者にとって消費者とは花屋さんです。生産者は意外とどんな花屋さんに買っていただいているのか知りません。

自分の興味がある品種を作り、咲いただけ、自分たちの規格で等級をつけて市場へ送る、自分の満足のために作っているようなものです。

お客さまは誰か、決まったお客がいるのかいないのか、その人たちが何を望んでいるかを知りましょう。そのためには、まず、市場の担当者へご連絡下さい。


3 営業なくして生産なし

生産者は「営業」が苦手です。
自由人、自由業ですから、貯金、共済の勧誘をする農協職員のような営業はできません。花が咲いた
ら市場へ送り、「欲しい人が買えばよい」、「誰が買うかなんて関係ない」でやってきました。しかし、これ
だけ花が溢れている現在は、お客さまに選んでいただく時代です。

でもいまさら営業なんて。

生産者と花屋さんの出会いの場ができました。

NaniwaFEX2009です。(写真は前回の様子です)



花屋さんからの要望、苦情を直に聞き、自分たちの想いを伝えてください。
出展されていない産地の方も、出荷市場に関係なく、とりあえず足を運んでみてください。


4 花に情報(付加価値)をつける

花を売るのは花屋さんです。
その花屋さんに役立つような情報を提供してください。それがその花の付加価値となります。日持ち保証やエコファーマーにとらわれず、産地ではあたりまえのことでも花屋さんには目新しい情報(付加価値)になります。

例えば、「夜、黄色い蛍光灯をつけて害虫がつかないようにしているカーネーション」、「油かすなど有機肥料で作ったバラ」、「この産地にしかないキクの品種」などです。

「寝室のスイートピーはその香りで夫婦の愛が高まる」なんてのもありです。


5 企画商品(付加価値)

産地と市場の共同作業の利点は商品化が早いことです。
昨年6月のNaniwaFEX2008で提案したフルブルームマム(写真)は、JA愛知みなみとなにわ花いちばとで、新しい輪ギクとして商品化されています。


産地ではさまざまなアイデアをお持ちですので、市場との共同作業で新しい商品を生みだすことができます。

6 すぐにできる選別の強化

品質がよい花を作ることは本当にむつかしいことです。ベテランの生産者ほど、「いつまでたっても1年生」と、よく言われています。花を作る技術の向上はむつかしくても、作った花の選別は今すぐできて、コストがかからず、売上げアップに直接つながる作業です。

等級を下げるかどうかで迷ったその1本が、残りの99本だけでなく、その生産者、さらには産地全体の評価を下げているのです。花が市場に着く前にネットで売れてしまう現在の流通は信用で成り立っています。

質の選別は人間の作業、欲がでるし、共選では人間関係をも悪化させます。それを克服した生産者、産地が信用を獲得しているのです。
毎日の作業である切り前、規格、束の仕方、箱詰めの方法など、市場の担当者と連絡を密にしてください。

「目先の小さな得が大きな損を生み、小さな損が大きな得になる」


7 コスト削減は生産履歴の記帳から 

重油価格が下がり、ほっと一息つけるようになりました。重油値上がりでよかったことは、暖房や生産コストを見直せたことでしょう。
ヒートポンプを入れなかったとしても、ボイラの清掃、サーモの点検、カーテンの隙間などでエネルギーの無駄をチェックできたのではないでしょうか。

生産コストの点検はいつでも必要です。
それには生産履歴の記帳です。

生産履歴の記帳は二つの点でこれから必要です。

ひとつは、説明したように生産コストの見直しのためです。

ふたつめは、こらからは花でも原産地表示が求められるようになります。

そのとき、安全・安心の観点から、どんな農薬を使ったか、どんな肥料をどれくらい使ったかの情報も説明できるようにしておかなければなりません。

このことは、消費者の要望とともに、生産者の経営や栽培技術の向上のためにおおいに役立ちます。



ピンチを嘆くより、一歩でも前進する、小さなことでも実行する、それでピンチをチャンスにチェンジしましょう。(Yes We can)

2009年1月2日金曜日

ピンチがチャンス①


明けましておめでとうございます。

2008年は花産業にとって厳しい年でした。

「あのトヨタでさえ赤字だから」と妙な納得をしていませんか。

わが国の本格的な花生産は、明治42年(1909年)のカーネーション生産に始まり、ちょうど100年になります。

この100年間、花生産は順調に拡大してきたわけではありません。

花生産が飛躍したのはいずれも未曾有(みぞう)のピンチの時代です。


1「最初のピンチ=飛躍」

明治末に産声をあげた花作りが、なんとか産業とし生きていけると確信できたのは、大正12年(1923年)、東京、横浜など関東の大都市が壊滅した関東大震災でした。不幸なことですが、慰霊祭などで花の需要が増大し、花を使う習慣が定着しました。


2「2回目のピンチ=飛躍」

次の飛躍は、昭和2年(1927年)の昭和金融恐慌です。現在の金融恐慌は100年に1度といわれていますが、その100年前(実際は80年前)がこの昭和金融恐慌でした。昭和金融恐慌は、農産物価格の暴落を伴いました。東北の農村では餓死者や娘の身売りが続出しました。
このとき、農民は生きるために現金収入が得られる花作りを始めました。農民は働き抜くことを範とされた時代に、投機性の強い花作りは道楽者、怠け者と白眼視されました。それでも先駆者は花を作りました。その結果、伊豆、淡路をはじめ、全国に花産地が出現しました。ところが戦前、隆盛をみた花生産は、戦争による統制経済で、「花作りは非国民」となり、壊滅します。


3「3回目のピンチ=飛躍」

終戦後、日本中が食糧不足で食うや食わずの時代に花産業は復活し、大きく飛躍をしました。新しい時代の到来を感じた青年たちは、親や村の人たちの反対を押し切り、かき集めたガラスや材木で温室を建て、花を作りました。今日の花栽培の長老たちです。


4「どうして経済危機、混乱の時代に花産業は飛躍することができたのでしょうか」

それは、「花は心の栄養」だからです。まさしく、「人はパンだけで生きる」ことはできないのです。人々は、大震災、空襲、不況など危機の時に、1輪の花に慰めを見出しました。



不況、不況といわれる今こそ、花が求められているのです。

ホームユース拡大のチャンスです。ピンチの時こそ花産業にとってチャンスです。
しかし、今までのままではピンチはピンチでしかありません。

ピンチをチャンスにかえるには・・・

次回に続く・・・