2010年8月11日水曜日

反省なき業界

画像:ライト兄弟からアームストロング船長までわずか66年(Wikipedia)

お盆商戦お疲れ様でした。

猛暑の季節に、1年中でもっとも多くの花を取り扱う、人にとっても花にとっても過酷な物日がお盆です。

満足できたお盆だったでしょうか。

キクの花が遅れた、ハスの水あげが、ほおずきが、・・・

去年にも聞いたような話が・・・

お盆が終わったら、やれやれ。

次は敬老の日に彼岸、ブライダルシーズンに年末に迎春・・・、気がついたらまたお盆。

反省なき花業界。いや、反省をする余裕もない花業界。

わが国で花生産がはじまって100年、花を作る技術はどれだけ進んだでしょうか。

母の日にカーネーションが咲かない、お盆にキクがない・・・。

消費者が花を欲しいときに、花を出荷することができない。

人類がはじめて動力で空を飛んだのはライト兄弟。1903年(明治36年)のことで、花生産がはじまったのとかわらない107年前。人類はそれからわずか66年後の1969年に、アポロ11号でアームストロング船長を月に降り立たせました。その進歩の速さ。

この違いは何なのか?

それはまさしく「反省」。

行動→失敗→反省→行動→失敗→反省→・・・・・。

この繰り返しが多いほど、技術は改善され、進歩します。

残念ながら、農業は年1作、この道30年のベテランでもわずか30回の栽培経験しかありません。

栽培回数が少ないうえに反省がなければ進歩するわけはありません。

花業界は世間のお盆が終わってからが、お盆。少しの間、立ち止まって、少しの反省。

なにが問題か?対策は?



当然、「作る」が問題です。




「作れば売れる時代は終わった」といわれていますが、「売るためには作らなければならない」のです。

肝心の花がなければ、プロモーションも消費拡大もありえません。

「お天気が悪かった」は、反省ではありません。

来年になにもつながりません。

国産の花は、花屋さんに当てにされなくなっています。

「輸入が増えたから国産が減った」のではありません。

「国産が減ったから輸入が増えざるをえなかった」のです。


「咲かせたいときに咲かせる技術」は誰も教えてくれません。産地で、地元の技術者とともに作り上げるしかありません。




それが、「国産の花」が、生き続けるための第一歩です。




2010年7月29日木曜日

指の間から1円玉がこぼれ落ちています

   今必要なことは1円の積み重ね



 日本花き卸売市場協会の取扱高は、ピークの1998年には5,675億円あったのが、2009年には4,050億円にまで減ったそうです。つまり、10年で1,500億円も減ったことになります。


 こう書くとなんだか人ごとみたいですが、150社それぞれの市場の売り上げが減り、8万戸それぞれの生産者の売り上げが減り、2.5万店それぞれの花屋さんの売り上げが減った結果がこの1,500億円です。1,500億円は、トヨタやソニーの売り上げに比べると小さな金額かもしれませんが、庶民にとっては気の遠くなるような数字です。


 これを回復するにはどうしたらよいのでしょうか。花の消費を拡大しなければならない、そのために業界一丸となって、消費宣伝、ホームユース、日持ち保証、マーケティング、プロモーション、イベント・・・。


 しかし、いきなり1,500億円が消えたわけではありません。生産者が市場へ出荷した花の単価が1円、2円安くなった積み重ねが1,500億円です。1,500億円は切り花、鉢花、苗ものなどの合計ですが、切り花だけと仮定してみましょう。この10年間に600億本の切り花が出荷され、1,500億円を減らしたわけですから、切り花1本あたりでは2.5円です。




 切り花単価を、いきなり10円アップすることはむつかしいことですが、1円、2円なら簡単です。というよりも、この金額は本来稼げたはずのお金を、生産者自らが取りこぼしているお金です。つまり、かびをだした、ダニをつけた、選別が雑だった、輸送中の頭突き、出荷情報が遅い、着荷時間が遅い・・・、原因はいくらでもあります。うっかりミス、手抜き、横着・・・、上ばかり見て、足もとを見ていないのです。1万円札に気をとられ、1円玉が指の間からこぼれ落ちているのに気づいていないのです。




 景気の回復、消費拡大、流通の改善、生産の構造転換・・・、個人の力だけではどうにもならないことを悩むよりも、自分の力、産地の責任でできることを、今すぐにしましょう。


 それは、取りこぼしを減らして、単価の1円、2円のアップ、この積み重ねです。

2010年7月14日水曜日

ユニクロのL、M、Sと切り花のL、M、Sは同じですか

等級秀・階級Mの表示


等階級はすべて包含して2L







花業界では切り花の品質について誤解があるようです。



とくに、日常的に花を扱っている生産者や市場、花店と、イメージとして花をとらえている行政やマーケティングの方々との間での認識の違いです。



花の規格は、衣服の規格と同じLMSです。



では、切り花のLMSと、たとえばユニクロで売られているTシャツのLMSは同じでしょうか。



同じと勘違いしている人が多くいます。



ユニクロのLとMの違いは大きさが違うだけで、品質はまったく同じで、価格も同じです。



切り花のLとMの違いは大きさの違いだけでしょうか。



切り花の規格には、秀、優、良など品質をあらわす等級と、L、M、Sのボリュームをあらわす階級があります。秀のLという表示です(最近では産地独自のLMSでなく、だれにでもわかるセンチ表示が推奨されています)。



しかし、L、M、Sのボリューム表示だけの産地、品目も多くあります。つまり、大きいことは品質も優れ、小さいことは質も劣るというのが、切り花の考え方で、L、M、Sで品質をも含めた表示です(画像下)。



ここに日持ち保証の問題点があります。



今、日持ち保証をしようとしているのは、スーパーの花束の無人販売です。欧米のスーパーマーケットは、日持ち保証をしたので、切り花の売り上げが急激に伸びたという情報が背景にあります。スーパーの花、すなわちホームユースは、取り扱いやすい切り花の長さでお手ごろ価格、2LやLではありません。



ホームユースサイズであるMを日持ち保証するのは生産者にとってつらいことです。



日持ちにも誤解があります。日持ちを決定するのは、収穫後の取り扱いが3割、栽培環境、栽培技術で7割です。ハウスの中でじっくり同化養分を溜め込んだ花は、日持ちが長くなります。そのような花はボリュームも2Lになります。M、Sは、2Lをめざしたが、うまくいかずMやSになってしまった同化養分が少ない花です。



ここがユニクロと決定的に違うところです。



日持ち保証は意欲のある花屋さん、市場、それをサポートするマーケティングの人たちにより歩み始めていますが、欠けているのが、高品質なホームユースサイズ、Mを作る生産者です。持続可能な日持ち保証には、日持ちが長い切り花の生産が基本です。



それは、日本の優秀な生産者にとって、むつかしいことではありません。



問題は、Mを作った経営を成り立たせた事例がない、ということです。新しい品質、規格を提案し、成功させるには、生産者の熱き想いと手を携える市場の存在が不可欠です。










2010年6月22日火曜日

生産者には、まずなすべきことがある、のでは?

                      ガーベラは品評会泣かせ






花屋さんの鮮度管理セミナーの講師をつとめさせていただくことがあります。

講演を終わっての質疑応答、きまってダリアとガーベラです。

ダリアの水あげが悪い、日持ちが短い、ガーベラの水が下がる・・・。

こんなにも花屋さんが苦労しているとは!

「巨大輪のダリアはもともと花壇の花で、切り花にすると日持ちが悪いのは仕方がないことです。日持ちだけが価値ではありません。」の説明で、なんとなく納得していただけます。それがダリアの勢い、時代の花だからでしょう。でも、いつまでもこれで通用するわけではありません。今の巨大輪、花色が陳腐化したときには、水あげ、日持ちの悪さがボディーブローのようにきいてくるでしょう。

一方、成熟したメジャー切り花であるガーベラに、今でも花屋さんが手こずっているのは、悲しいことです。


上の画像は、日本一の花の展覧会、東京池袋で毎年開かれる「関東東海花の展覧会」のガーベラです。これではガーベラは水あげが悪いので、買わないでくださいと宣伝しているようなものです。
花の産地では、つねに日持ちを検査しています。産地ではガーベラの水が下がる、日持ちが悪いなど夢にも考えていません。花屋さんの意見となぜ違うのでしょうか。
それは、日持ち検査の方法に原因があります。日持ち検査マニュアルでは、形質のよくそろった切り花を5~10本選び、定められた切り花長で切り戻し・・・となっています。
この過程で、カビがはえた花、茎が弱い花、花首があやしい花などははねられています。結局、多くの花の中から、品質のよい花だけが日持ち検査されているのです。このような切り花では、水が下がり、極端に日持ちが短いことは、まずありません。
花屋さんが問題にしているのは、購入した1ケース30本なり50本なりに、1本でもカビがはえていたり、水が上がらなかった花があれば、そのケースすべてがクレームの対象になります。
これが花屋さんと産地との認識の違いです。


さて、水の下がった花はどうするのか。
どんなマニュアル本にも水切り、湯あげ、焼く、割る、たたく・・・などの水あげ技術が紹介されていますが、こんなのは、鎌倉時代か室町時代の秘伝です。平成の大量流通商品(ガーベラは年間2億本近くが消費されています)が、お客さまにお願いすることではありません。

切り花用のハサミさえ、家庭にはないのですから。

漂白剤、洗剤・・・、裏技でもなんでもありません。おじさんの、小ねた、うんちくにすぎません。

消費拡大は、「秘伝から科学へ」です。

そして、ガーベラこそ、「産地から日持ち保証、品質保証」商品です。

収穫後の管理より、まず、水がさがらないガーベラ生産です。

「それがむつかしいから苦労しとるんや」
そのとおり。
まさに「産地力」、「業界力(キク業界、バラ業界、カーネーション業界、ユリ業界、ガーベラ業界・・・)」の競争です。

それぞれの地元には優秀な農業試験場があります。
国立地方大学農学部は、産地からの働きかけを待っています。ガーベラには静岡大学農学部があります。おなじように、マーガレットには、香川大学農学部があります。

優秀なドクターが研究室の扉を開けて、お待ちです。








2010年6月3日木曜日

花いちばはこんなところです④市場のハサミ




上の写真は、NaniwaFEXやさまざまなイベントで花の飾り付けをお願いしているテクノホルティ大阪校の学生さんが、お腰にぶらさげているハサミです。用途にあわせてこれだけのハサミを持ち歩いています。これ以外に、ナイフもあります。その他、カッター、メジャー、マジックインキ・・・、装飾作業に必要な、ありとあらゆる道具が、ドラエモンのポケットのごとくあらわれます。
たしかに、花農家でも、種類よってハサミが違います。 カーネーションの芽きりバサミでバラを切ると、たちどころに刃こぼれがします。反対に、バラの剪定バサミでカーネーションを切ると、腕がつかれて仕事になりません。テクノの学生さんは、それを使い分けているので、これだけのハサミにナイフがいるのですね。


一方、下の写真は、おなじみのぅみっ子ですぅ~。

お顔を見ていただけなくて残念でぇすぅ。。。
  

 
市場人にハサミは、切っても切れない?関係で、みんな腰にぶら下げています。

入社した際にハサミが支給されるそうです。

キク・バラ・カーネーション・草花・枝もの・・・ありとあらゆる花を毎日取り扱っている市場のハサミはこれだけ。


茎を切る・割る・たたく・針金まで切る・・・何でもこれひとつ。さすがに、融通無碍・柔軟性の花いちばの真骨頂です。


花市場では、しょっちゅう花を切っている。そんなイメージですが、営業部員が花を切っている姿は見たことがありません。どうも花いちばのハサミは、出荷ケースのPPテープを切る、ガムテープを切る・・・、そんな役割のようです。

 

2010年5月12日水曜日

5年に1度のベルギー・ゲント国際花博で審査員


①甲子園球場より広い花博会場

②世界から集まった審査員(非白人は私だけ)

③アザレアがメイン

④あいかわらず盆栽(Bonzai)は人気

⑤今回は常緑樹の展示が増えた



ベルギーという国は、日本ではあまりなじみがありません。花といえばオランダですが、ベルギーはオランダのお隣、工業国であるとともに、花の生産国です。オランダの大規模企業経営に対して、ベルギーは個人経営の花づくりで、日本人には親近感があります。



ゲントは、中世そのままの石畳が美しい観光地であるとともに、アザレアの産地です。日本ではアザレアの鉢物はあまり目にしなくなりました。アザレアと日本のサツキ・ツツジはどう違うのか。日本のサツキ・ツツジが江戸時代、シーボルトなどプラント・ハンターにより、ヨーロッパに伝えられ、改良されたのがアザレアです。ゲントでは、アザレアをアザレア・インディカ、サツキをアザレア・ヤポニカとよんでいました(植物学的には正しくはありませんが)。ですから、200年の歴史を誇るゲント国際花博は、超巨大なサツキ祭りといえます。



ゲント国際花博に審査員として参加するのは4回目です。なぜ、ベルギーの花博に参加するようになったかを説明しなくてはなりません。そもそもは、2000年に開催された淡路花博の宣伝を兼ねて、1995年に兵庫県が出展したときに、私も審査員として参加しました。それ以来、1995年、2000年、2005年と今回で4回目の参加です。毎回、イースター休暇にあわせて開かれ、今年は4月14~25日でした。国際博覧会ですから、審査員の数も膨大で、今回は36班、216人でした。地元ヨーロッパに、カナダ、オーストラリア、アメリカなどの人たちで、白人でないのは私だけす。私の2F班はフランス人2人、ドイツ人、カナダ人と審査補助の地元のアザレア農家の構成で、観葉植物を担当しました。花博会場は広大で、超巨大な体育館に、植物を植え込んだ状態です。会場の面積は甲子園球場(約4ha)より大きい4.5ha(45,000m2、13,500坪)で、入口から出口まで歩くだけで2時間かかります。



さて、はじめて参加した15年前と比べるとベルギーの花産業は大きく変化しました。



①花づくりの勢いがなくなりました。会場面積はかわっていませんが、出展の国の数が減り、ヨーロッパの花産業のかげりが感じられました。15年前はアールスメア市場などオランダが圧倒的な存在感でしたが、今回はまったく目立ちませんでした。



②一般経済にも変化が見られました。花博会場前の広大な芝生広場に巨大なIKEAが建っていました。首都ブリュッセル市内でもルイヴィトンなどの高級店にかわり、H&Mがやたら増えていました。



③これまでのしつこいほどのアザレアの割合が減りました。さすがにベルギーの人も暑苦しさを感じるようになったのでしょうか。かわって、前回はオリーブ、今回は孟宗竹に、日本ではどこにでもある常緑の雑木が増え、緑の落ち着いた雰囲気になりました。



④日本では見かけることが少なくなった観葉植物アナナナス類などが復活して、巨大なオブジェとして大量に使われていました。



⑤あいかわらず盆栽(ベルギー産、Bonzai)は人気でした。ベルギー人がイメージしたドラゴンにドラの音が響く、中国とごっちゃになった大きな日本庭園も出展されていました。日本ではイングリッシュガーデンやピーター・ラビットの庭が人気ですが、ヨーロッパでは日本庭園が憧れです。



毎回参加して思うこと。



その一 語学力の大切さ。ベルギーではオランダ語とフランス語が公用語で、ドイツ語も話し、英語も堪能です。審査もこの4か国語ですすめられ、私だけが置いてきぼりです。毎回、帰国後、英語を勉強して5年後には・・と反省するのですが、決意は夏までも続きません。



その二 せめて花の名前だけでも話せたら。世界共通の名前が学名です。今回の担当は観葉植物でしたので、日本での呼び名は学名そのままです。ベゴニア、カラテア、チランジア・・・で通じます。しかし、むつかしいのが今回大量に展示されていた日本ではどこにでもある樹木です。ツバキはカメリアですが、カシ、クスノキ、ツゲ・・・の学名は?花屋さんはフラワーデザインなどを勉強に、ヨーロッパに行く機会が多いはずです。外国人と花の名前を話すには学名が必要です。






今回も反省ばかりのゲント国際花博でした。おまけに、火山爆発でブリュッセル空港に1週間も立ち往生。日本へ帰れてよかった。


2010年5月3日月曜日

102年目の母の日と96年目の母の日

銀座ソニービル「母の日イベント 銀座に5,000本の国産カーネーション畑」(2010年4月6~11日)

                       今年の母の日は5月9日


「母の日」に、秘められた思い。
ここに一つの調査がある。

「母の日」の由来を知っていますか。

以前から知っていた・・・・29%  知らなかった・・・・71%

日本人にもなじみ深い5月第2日曜日の「母の日」。しかしその誕生に秘められた思いを知っている人は、決して多くはない。

これは朝日新聞4月30日の全面広告です。

朝日新聞は、「母の日」の由来を知っている人が29%を「決して多くはない」と書いていますが、29%もの人が知っているのはスゴイことではないでしょうか。花業界に身を置く人たちでさえ、由来を知っている人はそんなに多くはありません。その証拠に、2年前の2008年は「母の日100年」でしたが、花業界で100周年記念イベントはありませんでした。なにわ花いちばでもカーネーション担当者が、手作りの「母の日100年」ポスターを場内に張り出しただけでした。せっかくのビジネスチャンスを逃していたのです。


「母の日」の由来については、この朝日新聞記事をはじめ、いろいろ書かれています。


ここでは、月刊誌「実際園芸」1928年(昭和3年)5月号の記事をご紹介しましょう。実際園芸誌は、現在の誠文堂新光社「農耕と園芸」の前身です。


まず、1928年(昭和3年)当時には「母の日」という名称はまだなかったようです。


記事の題名は「園芸家の忘れてはならぬマザーズデーの話 恩地 剛」。英語そのままの「マザーズデー」が使われています。



「フィラデルフィア州のアンナ・ジャービス嬢は、非常に母思いの深い人であり、年々5月の第二日曜日を、その母への感謝日と定めて、母の属する協会に、母の最愛の純白色のカーネーションを装飾し、日曜学校の子供達や、自分の友人知己、協会の仲間を招いて、賛美歌「母を慕う」を合唱してもらい、来会者一同には純白のカーネーションを胸に飾ってもらうことにし、心からの感謝と愛慕をその母に捧げたのであります。これが年とともに、驚くべき勢力をもって今日の如き流行をみるにいたり、アメリカ政府は、国祭日の一つに加えたのであります。私は、やがてこの流行がわが国にも渡来し、かつ歓迎されるものと信ずるものであります。」


この記事を書いた恩地さんが願ったように、日本でもマザーズデーは「母の日」と呼ばれるようになり、一大イベントとなりました。


さて、「母の日」のひとつの起源は、1908年(明治41年)にアンナ・ジャービスさんが、日曜日の礼拝で、参列者に白いカーネーションを手渡し、亡き母をしのんだことに由来します。しかし、アンナさんはもともとたいへん信仰心が厚い方で、それ以前からお母さんに感謝することを、みんなに説いていました。ですから、あえて1908年にこだわる必要はありません。



それより、1914年(大正3年)に、ウイルソン大統領が5月の第2日曜日を国の祝日にしたことが、正式な「母の日」の起源でしょう。そうすると、2010年5月9日は、96回目の「母の日」で、「母の日100年」は、4年後の2014年(平成26年)になります。そのときには国をあげての大イベントにしましょう。

みなさん、「2014年(平成26年)母の日100年」をお忘れなく。